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交通事故の被害者が、損害賠償と別に金銭給付などを受けた場合、二重の利得とならないよう、損害額から給付額を控除(損害と利益を相殺)します。これが損益相殺です。
ここでは、損益相殺とは何か、損益相殺と代位との違い、損益相殺の対象となるかどうかの判断基準について見ていきます。また、損益相殺の対象となるもの、損益相殺の対象とならないものについて、具体的にまとめています。
まず、そもそも損益相殺とは何か、損益相殺と代位との違い、最近見られる「損益相殺的な調整」について、見ていきましょう。
損益相殺とは、交通事故によって被害者が損害を被るとともに利益を得た場合、その利益が損害の填補であることが明らかなときは、損害から利益を差し引くことです。
「事故によって被った損害」と「事故によって得た利益」を相殺し、実損害を算出することです。
交通事故によって被害者の受ける利益には、「支出節約型」と「給付型」があります。
支出節約型 | 死亡逸失利益の算定における生活費の控除など、本来なら支出を免れない支出が節約される場合、その利益を損害賠償額から控除。 |
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給付型 | 加害者または第三者から損害賠償金とは別の給付がなされる場合、その給付額を損害賠償額から控除。 |
給付型については、あとで詳しく見ます。支出節約型の代表例は、死亡逸失利益の算定における生活費控除です。
死亡事故の場合は、事故に遭わなければ将来にわたって得られたはずの利益(収入)を失いますが、反面、死亡した被害者本人の将来の生活費の支出は免れます。したがって、被害者の逸失利益を算定するには、本人の生活費を控除します。
損益相殺について民法に規定はありませんが、民法709条にいう損害とは、損益相殺後の実損害を指すものと解されています。
損益相殺には、免責型と代位型の2つのタイプがあります。
被害者が経済的利益(金銭給付)を受けているのに、さらに損害賠償金も得て、二重の利得をすることは公平の理念に反するという価値判断にもとづき、損害賠償額から利益を控除します。
被害者が得た経済的利益の範囲で、損害が消滅し、加害者は賠償責任を免れます。これが、本来の損益相殺(狭義の損益相殺)です。
免責型の代表的なものとしては、自賠責保険に被害者請求して支払われた賠償額の損益相殺があります。
法律に代位規定のある金銭給付をすると、給付者は、給付した額を限度に被害者の損害賠償請求権を取得(代位)します。その分、被害者の損害賠償請求権の額が減少します。
この場合、被害者の減少した損害賠償請求権は、代位取得した者に移転しただけで、消滅するわけではありません。加害者の立場から見ると、その分の支払先が変わるだけで、免責にはなりません。
代位型は厳密な意味では損益相殺にあたりませんが、被害者にとっては、給付を受けた額が損害賠償請求権から減額され、損益相殺と何ら変わらないので、免責型と代位型とを合わせて損益相殺(広義の損益相殺)と呼ぶことがあります。
代位型の代表的なものとしては、労災保険や健康保険などの保険給付金の損益相殺があります。
免責型と代位型は、どちらも被害者は損害賠償金と給付を重複して取得できず、給付額を損害賠償額から控除しますが、次の点が違います。
免責型 | 給付額の範囲で加害者の損害賠償責任は免責となる。 |
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代位型 | 給付額の範囲で損害賠償請求権が移転するだけで、加害者の損害賠償責任は免責とならない。 |
最近は、損害賠償額から公的保険給付額を控除する理由について、公的保険代位でなく、「損益相殺的な調整」という表現がされることがあります。
最高裁は、「被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要があり…」(最高裁判決・平成5年3月24日)と述べています。
当初、最高裁は、公的保険から給付された額を被害者の損害賠償請求権の額から控除するのは、狭義の損益相殺(損益相殺の法理)でなく、代位により損害賠償請求権が移転し、被害者の損害賠償請求権が減額する(代位の法理)という考え方をとっていました。
「政府が保険給付をしたときは、右保険給付の原因となつた事由と同一の事由については、受給権者が第三者に対して取得した損害賠償請求権は、右給付の価額の限度において国に移転する結果減縮すると解される」
(最高裁判決・平成元年4月11日)
保険金を支払った保険者は、商法662条所定の保険者の代位の制度により、その支払った保険金の限度において被保険者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する結果、被保険者たる所有者は保険者から支払を受けた保険金の限度で第三者に対する損害賠償請求権を失い、その第三者に対して請求することのできる賠償額が支払われた保険金の額だけ減少することとなるにすぎない」
(最高裁判決・昭和50年1月31日)
「損益相殺的な調整」という表現が使われるのは、公的保険代位で説明することが適切でないケースがあるからです。そのため、公的保険給付の場合の損害賠償額からの減額処理を「損益相殺的な調整」と呼ぶ場合があります。
被害者の得た経済的利益(金銭給付)が、損益相殺の対象として損害から控除されるかどうかは、その利益の性質から、実質的に損害の填補といえるかどうか、個別に判断することになります。
第三者から被害者に対して損害賠償金とは別途の給付がなされた場合、損益相殺すべきかどうかは、次の点を考慮して判断すべきとされています。
※青本25訂版より
これらは相互に連関していますから、総合的に判断することが必要です。ここでは、基本的な考え方について紹介しておきます。
給付に代位規定がある場合は、基本的に損益相殺されます。
代位規定があると、給付した者が、給付額を限度に損害賠償請求権を取得し、加害者側に求償できます。給付を受けた額を被害者の賠償請求権額から控除しないと、加害者は二重払いを強いられてしまいます。
したがって、給付額を賠償金額から控除するのは、理論上当然の帰結となります。
ただし、代位規定があれば必ず損益相殺されるかというと、そうとも限りません。公的保険が代位し、被害者に損害賠償請求権を失わせることが適切なのか、判断が必要な場合があるからです。
問題は、代位規定がない場合です。
給付額を損害額から控除する(損益相殺する)ということは、その額を請求せず、加害者を免責することです。逆に、控除しない(損益相殺しない)ということは、被害者が給付も賠償金も二重に受け取るということです。
つまり、被害者の重複取得を認めるか、加害者の免責を認めるか、利害が真っ向から対立します。
被害者の重複取得を原則とし、給付に関する費用の負担者や負担割合、負担と給付との対価関係などを総合的に考慮して、加害者の免責が妥当と考えられる実質的根拠がある場合に、例外的に控除を認めると考えるとよいでしょう。
保険料の対価として定額が支払われる保険金は、損益相殺の対象となりません。
保険料の対価かどうか(保険料との対価性を有するかどうか)は、たくさん保険料を払えば、それだけ保険金を多く受け取れる関係にあるのが、保険料の対価ということです。
損害の填補が目的でないので、保険金を支払うのに損害の算定は不要です。受け取る保険金は定額で、支払う保険料に応じて保険金が決まっています。
「こんな場合には、この金額を支払います」と、あらかじめ受け取る保険金の額が決まっていて、その金額の保険金を受け取るための保険料を支払っているという関係です。
保険金が支払われるのは事故が原因だとしても、それは単に保険金支払いのきっかけにすぎません。損害を填補する保険金ではないからです。
いくつか具体例を挙げておきましょう。
現物給付(療養給付など)でも、金銭給付(休業給付など)でも、給付の目的が被害者の損害の填補であれば控除されます。代位規定があり、代位の結果、加害者がその給付の最終負担者となる場合、その給付は被害者の損害を填補する目的と考えられます。
対人対物保険は、損害の填補のために給付されるので、損害額から控除されます。
傷害保険は、事故があった場合に定額の保険金の支払いを受けるもので、損害の填補が目的でなく被保険者の生活保障という目的の給付なので、控除されません。
給付の費用負担者が加害者側であれば、その給付を損害賠償請求権から控除する根拠となります。例えば、加害者側の自賠責保険からの支払いなどです。
給付の費用負担者が被害者側の場合は、損害填補型の保険金給付であれば損益相殺の対象となりますが、そうでなければ損益相殺されません。
損益相殺の対象となるものとしては、次のようなものがあります。
被害者が自賠責保険に対し被害者請求(自賠法16条1項にもとづく直接請求)をして、自賠責保険会社から損害賠償額が支払われたときは、「保険会社が、責任保険の契約に基づき被保険者に対して損害を填補したものとみなす」(自賠法16条3項)とされています。
ここで被保険者とは、加害者のことです。加害者が被害者に対して損害賠償金を支払い、それによって生じる加害者の損害を填補する(すなわち保険金を支払う)のが自動車保険です。
「被保険者に対して損害を填補したものとみなす」とは、加害者は損害賠償義務の負担がなくなった状態として扱われるということです。このような規定から、自賠責保険の損害賠償額の支払いは、損益相殺の対象となると考えられています。
被害者から政府保障事業に対し填補金請求があり、政府が填補金を支払ったときは、「その支払金額の限度において、被害者が損害賠償の責任を有する者に対して有する権利を取得する」(自賠法76条1項)と、代位規定があります。
健康保険法、国民健康保険法等の公的医療保険制度にもとづく給付は、代位規定があり(健康保険法57条、国民健康保険法64条)、給付によって損害賠償請求権が保険者に移転するため、原則として被害者の損害額から控除されます。
なお、健康保険や国民健康保険を利用したときの医療費は、自己負担部分を損害とするのが一般的です。
国民年金法、厚生年金法等の公的年金制度にもとづく給付(障害基礎年金、障害厚生年金、遺族基礎年金、遺族厚生年金)は、代位規定があり(国民年金法22条、厚生年金法40条)、給付によって損害賠償請求権が政府等に移転するため、原則として被害者の損害額から控除されます。
人身傷害補償保険金、無保険車傷害保険金、車両保険金、所得補償保険金は、保険代位により損害賠償請求権が保険会社に移転するため、損害額から控除されます。
被保険者が第三者の不法行為によつて傷害を受けて就業不能になつたため、保険者が所得補償保険契約に基づき保険金を支払つた場合には、保険金相当額を休業損害の賠償額から控除すべきである。
(最高裁判決・平成元年1月19日)
損益相殺の対象にならないものとしては、次のようなものがあります。
香典や見舞金として支払われたものは、社交上の儀礼として相当な範囲の金額であれば、損益相殺の対象となりません。
例えば、加害者が「お見舞いです」と言って、のし袋に100万円を入れてきたら、儀礼の範囲とはいえず、賠償金の内払いと認定される可能性が高くなります。
労災保険法のもとづく給付のうち特別支給金は、労働福祉事業の一環として、被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために支給されるものです。
特別支給金は、代位規定がなく、損害の填補を目的とするものでないので、損益相殺による控除の対象となりません。
労働者災害補償保険特別支給金支給規則による特別支給金は、被災労働者の損害額から控除することができない。
(最高裁判決・平成8年2月23日)
これらの保険金は、保険料の対価の性質があり、定額払いであること、被保険者が被った損害を填補する性質を有するものではないこと、約款等に代位規定がないことなどから、控除の対象とはなりません。
甲車を被保険自動車として締結された保険契約に適用される保険約款中に、被保険自動車に搭乗中の者がその運行に起因する事故により傷害を受けて死亡したときはその相続人に定額の保険金を支払う旨の定めがあり、甲車に搭乗中交通事故により死亡した者の相続人が右保険金を受領した場合、右保険金は、右相続人の損害額から控除すべきではない。
最高裁判決(平成7年1月30日)
これらは被害者が負担した保険料の対価であり、損害の填補を目的としていないので、控除の対象とはなりません。
生命保険金は、不法行為による死亡に基づく損害賠償額から控除すべきでない。
(最高裁判決・昭和39年9月25日)
「生命保険契約に付加された特約に基づいて被保険者である受傷者に支払われる傷害給付金又は入院給付金は、既に払い込んだ保険料の対価としての性質を有し、たまたまその負傷について第三者が受傷者に対し不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償義務を負う場合においても、右損害賠償額の算定に際し、いわゆる損益相殺として控除されるべき利益にはあたらない」
(最高裁判決・昭和55年5月1日)
損益相殺とは、交通事故により損害を被った被害者が、その事故を起因として経済的利益を得る場合、その利益を損害から控除することです。
ただし、経済的利益を得たら必ず損益相殺されるわけでなく、損益相殺の対象になるもの、損益相殺の対象にならないものがあります。
具体的なケースについて、損益相殺されるかどうかは、弁護士に相談するとよいでしょう。
弁護士法人・響は、交通事故被害者のサポートを得意とする弁護士事務所です。多くの交通事故被害者から選ばれ、相談実績 6万件以上。相談無料、着手金0円、全国対応です。
交通事故被害者からの相談は何度でも無料。依頼するかどうかは、相談してから考えて大丈夫です!
0120-690-048 ( 24時間受付中!)
※「加害者の方」や「物損のみ」の相談は受け付けていませんので、ご了承ください。
【参考文献】
・『交通事故損害賠償法 第2版』弘文堂 247~288ページ
・『交通賠償のチェックポイント』弘文堂 194~200ページ
・東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会編『民事交通事故訴訟の実務-保険実務と損害額の算定-』ぎょうせい 233~234ページ
・『要約 交通事故判例140』学陽書房 66ページ
・日弁連交通事故相談センター編『交通賠償実務の最前線』ぎょうせい 234ページ