交通事故は健康保険を使えない?病院が健康保険診療を嫌う本当の理由

交通事故による怪我の治療には健康保険を使えない? 病院が健康保険診療を嫌う本当の理由

交通事故の治療で、病院から「健康保険は使えない」と言われることがあります。一方、保険会社からは「健康保険を使って」と言われることがあります。交通事故の治療に健康保険を使えない理由とは? 健康保険を使うには、どうすればいいのでしょうか?

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交通事故は、なぜ「自由診療が原則」なのか?

「交通事故は、自由診療が原則」とされる理由は、2つあります。

 

1つは、交通事故の被害者の治療費は、加害者が支払うものだからです。

 

交通事故は、民法の不法行為(民法709条など)に該当します。なので、加害者の側が、被害者の治療費を損害賠償する責任を負います。

 

もう1つは、交通事故の被害者を救済する国の制度があるからです。

 

被害者への損害賠償を補償するため、法律にもとづき自賠責保険制度が整備され、自動車の保有者は、自賠責保険への加入が義務付けられています。

 

つまり、交通事故被害者の治療費は、健康保険等から支払うのでなく、自動車保険から支払う仕組みです。そのため、交通事故は、健康保険診療でなく、自由診療が原則とされているのです。

 

一方、健康保険法や国民健康保険法では、「疾病、負傷、死亡、出産に関して保険給付を行う」と規定しています。受傷の原因は問いません。

 

なので、交通事故が原因の傷病であっても、自身の加入する健康保険や国保を使って治療することができます。この場合は、健康保険組合等の保険者が給付した金額は、あとで加害者側(自動車保険)に求償することになります。

 

労災保険が適用される業務災害は、労災保険でカバーしますから、健康保険から除外されます。それは、交通事故でも同じです。業務中や通勤途中の交通事故は、健康保険を使えません。労災保険を使います。

交通事故にも健康保険が使える根拠

交通事故の治療にも、健康保険が使えます。そのことを病院の窓口で自信をもって主張できるよう、その根拠を押さえておきましょう。

 

次の2つです。

 

  • 健康保険の保険給付の対象について、法律上「交通事故の場合を除く」とする規定はありません。
  • 国(厚生省・厚生労働省)の通知で、交通事故の場合も健康保険の給付対象となることが、明確に示されています。

 

健康保険法や国民健康保険法では交通事故を除外していない

健康保険法では、労働者またはその被扶養者の業務災害以外の疾病、負傷、死亡、出産に関して保険給付を行う(健康保険法第1条)と定めています。業務災害は労災保険でカバーします。

 

自営業者などが加入する国民健康保険も、被保険者の疾病、負傷、出産、死亡に関して必要な保険給付を行う(国民健康保険法第2条)と定めています。

 

被保険者に傷病や負傷など保険事故が発生したときに、保険者は保険給付を行う義務を負います。その場合、保険事故の発生原因は問わないのが原則です。

 

法律上、交通事故を除外するという規定はなく、交通事故による傷病も、公的医療保険給付の対象となります。

 

保険給付の制限

自己の故意の犯罪行為、泥酔や著しい不行跡を理由とする傷病については、保険給付が制限されます(健康保険法116条・117条、国民健康保険法60条・61条)

 

これを交通事故で考えると、酒酔運転、無免許運転、暴走運転などを原因とする自損事故の場合に限り適用され、過失にもとづく交通事故による傷病には適用されないと解されています(大阪地裁判決・昭和60年6月28日)

 

「自動車事故も保険給付の対象」と明確にした国の通知

交通事故の治療に健康保険や国民健康保険を使えることは、国が繰り返し通知で明らかにしています。

 

昭和43年の厚生省通知「自動車事故も保険給付の対象」

交通事故の治療にも健康保険が使えることを明確にしたのが、昭和43年(1968年)の厚生省通知です。この通知によって、交通事故に健康保険が「使える・使えない」の議論に決着がついたと言ってよいでしょう。

 

昭和43年の厚生省通知は、自動車事故も健康保険の保険給付の対象となることを明記し、その周知徹底を図るよう都道府県に求めました。

 

「自動車による保険事故については、保険給付が行われないとの誤解が被保険者の一部にあるようであるが、いうまでもなく、自動車による保険事故も一般の保険事故と何ら変わりなく、保険給付の対象となる

 

「健康保険及び国民健康保険の自動車損害賠償責任保険等に対する求償事務の取扱いについて」
(昭和43年10月12日保険発第106号)

 

平成23年の厚生労働省通知「自動車事故は保険給付の対象」

平成23年(2011年)にも、厚生労働省が、自動車事故による疾病も医療保険の給付対象となることを改めて示す通知を出しています。

 

犯罪や自動車事故等の被害を受けたことにより生じた疾病は、医療保険各法(健康保険法、船員保険法、国民健康保険法、高齢者の医療の確保に関する法律)において、一般の保険事故と同様に、医療保険の給付の対象とされています

 

「犯罪被害や自動車事故等による疾病の保険給付の取り扱いについて」
(厚生労働省 平成23年8月9日)

なぜ病院は交通事故の治療に健康保険の使用を嫌うのか?

なぜ病院は「交通事故に健康保険は使えない」と言ったり、交通事故の治療に健康保険を使うことを嫌うのでしょうか?

 

理由は、いくつか考えられます。単に誤解しているだけのこともあります。手続上、交通事故の場合は第三者行為届が必要なので(あとで加害者側に求償するため)、それが提出されていないから健康保険を使えない、という意味の場合もあるでしょう。

 

ですが、たいていは、交通事故診療は業務が煩雑になるのに、健康保険診療だと診療報酬が減り、割に合わないからです。「割に合わない」というと語弊があるかもしれませんが、医療機関に負担と矛盾が集中するのです。

 

これが、病院が交通事故による怪我の治療に健康保険の使用を嫌う本当の理由です。

 

交通事故に健康保険を使うと医療機関に負担と矛盾が集中する

医療機関の懸念は、もっともなのです。交通事故の診療に健康保険を使うと、医療機関に負担や矛盾が集中します。

 

具体的に医療機関の業務がどうなるか、考えてみましょう。

 

自由診療で治療するのであれば、自賠責様式の診療報酬明細書等を作成して自動車保険会社に診療費を請求すればよく、しかも診療報酬単価が高いので、業務上、特に問題になることはありません。

 

しかし、健康保険を使うと、健康保険診療の業務と自由診療の業務の両方を求められ、業務が非常に煩雑になるのです。しかも、診療報酬単価は保険診療なので低くなります。

 

健康保険を使うと、診療費の請求先は健康保険組合になりますから、保険診療用のレセプトを作成して診療費を請求します。患者には、診療費の自己負担分を支払ってもらいます。ここまでは、通常の保険診療です。

 

交通事故の場合は、これと別に、自賠責様式の診断書や診療報酬明細書、後遺症が残る場合は後遺障害診断書の作成などを求められます。これらは、本来なら自由診療の場合の業務です。

 

そのほか、加害者や保険会社、警察の対応も求められます。

 

健康保険診療とするなら、本来これらに対応しなければならない義務は医療機関にはないのですが、当たり前のように要求されるのです。しかも、診療報酬単価は、保険診療ですから自由診療に比べ低くなります。

 

このように、交通事故の診療に健康保険を使うと、医療機関に負担や矛盾が集中してしまうのです。

 

健康保険診療の診療報酬は、自由診療の半分以下

保険診療は、診療行為ごとの点数が定められ、健康保険を使う場合、1点あたりの単価を10円として診療報酬を算定します。ちなみに、労災保険診療は1点あたり12円です。

 

それに対し、自由診療は、医師が患者と合意すれば診療報酬を自由に決められます。一般的には、自賠責診療費算定基準にもとづき、おおむね1点単価を20円程度とすることが多いようです。

 

自由診療 健康保険
診療単価 20円 10円

 

つまり、健康保険診療だと、自由診療の半分、場合によってはそれ以下の診療報酬となってしまいます。

 

業務量は増えて煩雑になるのに、診療報酬は大幅に下がるのです。

相手方保険会社が健康保険の使用を被害者に勧める理由とは?

病院が交通事故に健康保険を使うことを嫌うのに対し、相手方の保険会社が「健康保険での診療をお願いします」と言ってくることがあります。保険会社は、なぜ健康保険の使用を勧めるのでしょうか?

 

健康保険を使うと被害者の自己負担が3割だから、保険会社は3割の賠償でよいから? ではありません。残りの7割は、健康保険組合など保険者から求償されますから、保険者に支払います。

 

つまり、健康保険を使っても使わなくても、治療費の全体が賠償対象です。それでも保険会社が健康保険の使用を被害者に求めるのは、自由診療より健康保険診療の方が、治療費全体が安くなるからです。

 

自由診療の診療単価は1点20円程度ですが、健康保険診療は1点10円です。つまり、被害者が健康保険を使うと、保険会社は治療費の支払いを半分に抑えられるのです。

 

そのため、入院治療が必要な場合など治療費が高額になりそうなときは、保険会社は被害者に健康保険の使用を強要する場合があるのです。

 

なお、比較的短期間の通院で完治するような怪我にまで、健康保険の使用を保険会社が強要することはありません。治療費が自賠責保険の範囲内で収まる額なら、保険会社は自分の懐が痛まないからです。

 

治療費が自賠責保険の支払限度額を超えるような場合は、その超過した治療費を自社で負担することになるので、健康保険診療にして治療費をできるだけ抑えたいというわけです。

交通事故で健康保険を使うときの注意点

交通事故で健康保険を使う場合は、次の点に注意してください。

 

  • 健康保険を使うことによるデメリットをふまえ、判断することが大切です。
  • 患者(被害者)または家族が窓口で健康保険を使用する意思を表明し、医療機関が承諾した日から健康保険診療となります。健康保険証を窓口に提出しただけでは適用となりません。遡っての適用はできません。
  • 健康保険組合など保険者に「第三者行為による傷病届」の提出が必要です。
  • 通常の診療と同じように、受診の都度、窓口で一部負担金(自己負担金)を支払わなければなりません。任意保険会社による一括払いは、できなくなります。
  • 保険診療にすると、医療機関には、自賠責様式の診断書や診療報酬明細書、後遺障害診断書などを発行する義務がなくなるので、発行してもらえない場合があります。

 

健康保険の使用はやむを得ない場合に限る

交通事故の治療は、あくまでも自由診療が基本です。もちろん、患者が希望すれば健康保険を使えますが、「交通事故でも健康保険は使えるでしょ!」と喧嘩腰で病院に詰め寄るのは問題です。

 

損害賠償請求では、医師や病院の協力が欠かせないからです。医師や病院とは、良好な関係を築くことが大切です。

 

ですから、健康保険を使うのは、使わないと損をする場合に限るのがよいでしょう。次のページも参考にしてみてください。

 

 

保険会社が健康保険の使用を勧めてきたら?

保険会社は、自社の支払う保険金を少なくしようと、健康保険診療を勧めてくることがあります。そのとき、「どうして自分の健康保険を使わないといけないの!」と喧嘩腰で突っぱねるのは損です。

 

もちろん、保険会社の言うとおりにする必要はありませんが、保険会社が健康保険の使用を勧めてくるのは、治療費が高額になるケースが多いので、被害者であるあなたにも過失があるような場合は、健康保険の使用を検討してみて損はありません。

 

治療費を抑えておけば、示談交渉においても有利です。

まとめ

交通事故による怪我の治療は、自由診療が基本です。「交通事故に健康保険は使えない」と言われることがありますが、患者(被害者)が希望すれば、交通事故による怪我の治療にも健康保険を使えます。

 

ただし、交通事故に健康保険を使うのは、使う必要がある場合に限るべきでしょう。どんな場合でも健康保険を使った方がよい、というわけではありません。

 

もし、交通事故の治療に健康保険を使うことでトラブルになっていたり、困ったこと、疑問に感じることがあれば、交通事故の損害賠償問題に強い弁護士に相談することをおすすめします。

 

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【参考文献】
・大阪地裁判決・昭和60年6月28日「判例タイムズ№575」170~178ページ
・中込一洋『交通事故事件 社会保険の実務』学陽書房 78~79ページ

公開日 2021-04-17 更新日 2024/10/09 21:48:22