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保険会社は、他覚的所見のない ”むち打ち症” を、「詐病」や「賠償性神経症」などと決めつけ、受傷を否認し、治療費の支払いを拒否する傾向があります。人身傷害保険では、保険約款において、医学的他覚所見のない場合は保険金の支払い対象から除外しています。
医学的他覚所見(他覚的所見)とは何か、見ていきましょう。
他覚所見とは、「他者が確認できる、当該患者の身体の変化や異常」または「これに関する医師の意見・判断」をいいます(東京弁護士会親和全期会編著『交通事故事件の実務用語辞典』第一法規 99~100ページ)。「医学的他覚所見」あるいは「他覚的所見」ともいわれます。
他覚所見(他覚的所見)に対する語は、自覚症状(自覚的症状)です。
自覚症状 |
患者自身が感じ訴える症状のこと。 |
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他覚所見 |
患者の訴えのあるなしに関わらず、第三者にはっきり分かるもの。 |
他覚所見(他覚的所見)は、他覚症状(他覚的症状)といわれることもあります。
他覚的症状とは、患者の訴えのあるなしにかかわらず、第三者にはっきりとわかるもので、たとえば、皮膚の着色や局所の熱感、触れて分かる雑音や、レントゲン検査、血液検査の結果などです。患者さんが無意識の状態にあっても、医師は他覚的症状から診断をつけることができます。どんな病気でもこれら自覚的症状と他覚的症状が入りまじって、全体としてのすがたをかたちづくっているのです。
(河端正也『むち打ち症教室』同文書院69ページ)
【他覚症状】
医師など観察者が明白に認識できた症状や異常な徴候または他覚的所見をいう。これらのうち、医師が理学的検査によって見出した所見を理学的所見という。自覚症状との関係は時にあいまいなこともあって、時には症状とか徴候という名称で漠然とよばれることもある。
(『最新医学大辞典』医歯薬出版)
なお、症状と所見について、次のような指摘もあります。
一般人に限らず保険業界でも、時には医師でさえ、「症状(自覚的訴え)」と「所見(徴候)」を混同している人を見受けます。英語では、symptom(症状)とsign(所見・徴候)といったようにしっかり区別されています。簡単にいうと、痛みやしびれ、だるさ、凝りなどは「(自覚)症状」であり、腫れや皮下出血、発赤、局所熱感(自分で感じるのではなく他人が触って感じる)、変形、筋委縮、さらに広義には検査所見などが「(他覚)所見」ということになります。
(井上久『医療審査「覚書」』自動車保険ジャーナル80ページ)
これが臨床医学上、一般的に他覚的所見といわれるものです。それでは、保険会社のいう「医学的他覚的所見」は、どういうものなのでしょうか?
自動車保険標準約款では、「医学的他覚所見」を次のように定義しています(『自動車保険の解説2023』保険毎日新聞社88ページ)。
医学的他覚所見 | 理学的検査、神経学的検査、臨床検査、画像検査等により認められる異常所見をいいます。 |
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この「医学的他覚所見」の定義規定について、自動車保険の逐条解説では、「理学的検査、神経学的検査、臨床検査、画像検査などの医学的手段により、症状の存在を認める、医師などの第三者による判断・意見をいう」と解説しています(『自動車保険の解説2023』保険毎日新聞社90ページ)。
つまり、保険会社のいう「医学的他覚所見」とは、「医学的検査により、症状の存在を認める医師の意見」であり、「症状を裏付ける客観的根拠」という意味で用いられます。
保険約款で「医学的他覚所見」に関する規定が出てくるのは人身傷害条項(人身傷害保険)においてですが、対人賠償責任保険においても、医学的他覚所見についての捉え方は基本的に同じです。他覚的所見のないむち打ち症について、受傷を否認して治療費の支払いを拒否したり、後遺障害を否定することは、よくトラブルとなります。
人身傷害保険は、保険約款における「傷害」や「後遺障害」の用語の定義規定において、「被保険者が症状を訴えている場合であっても、それを裏付けるに足る医学的他覚所見のないものを含みません」と明記しています。
つまり、たとえ被保険者が症状を訴えていても、その症状を客観的に裏付ける医学的他覚所見がなければ、人身傷害保険金の支払い対象の傷害に該当しない、後遺障害の認定対象としない、ということです。
こうした規定について、次のように解説されています(『自動車保険の解説2023』保険毎日新聞社100ページ)。
「被保険者が症状を訴えている場合であっても、それを裏付けるに足る医学的他覚所見のないもの」とは、患者が自覚症状を訴えている場合であっても、医学的な立場から見ると他覚所見のないものをいい、たとえば、ムチ打ち症や腰痛などで、他覚所見がないものはこれにあたる。これらを保険金支払いの対象外としたのは、モラルリスクが混入することを排除するためである。
理学的検査・神経学的検査・臨床検査・画像検査について、保険約款に特段規定はありませんが、臨床医学的には次のようなものが挙げられます。
理学的検査 | 視診、打診、聴診、触診など |
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臨床検査 | 血液検査、脳波・心電図の測定検査など |
神経学的検査 | 深部反射検査、神経根症状誘発検査、徒手筋力検査など |
画像検査 | XP、CT、MRIなど |
なお、これらの検査所見には客観性に差があり、保険会社は、画像検査による所見のように、異常所見が客観的に明らかであるものは他覚的所見として認めますが、被害者(患者)の主観の入る余地のある検査所見は、他覚的所見として認めることに否定的です。
保険会社は、医学的他覚所見を「理学的検査、神経学的検査、臨床検査、画像検査等により認められる異常所見」と約款上規定していますが、これらの検査所見のすべてを医学的他覚所見として認めるわけでなく、実際には非常に狭く捉えています。この点について、東京三弁護士会等も厳しく指摘しています。
東京三弁護士会の論文「むち打ち症に関する医学・工学鑑定の諸問題」や、北河隆之弁護士の「『頸部外傷性症候群』再論」において、次のような指摘があります。要旨を記しておきます。
単純レ線所見、ミエログラフィ(脊髄造影)、ディスコグラフィ(椎間板造影)、CT(コンピューター断層撮影)、MRI(磁気共鳴診断装置)などによる所見(いわゆる画像診断)が、他覚的所見にあたることに[賠償医学者も(=引用者)]異論がない。これを「狭義の他覚的所見」と呼ぶ。
画像診断の他に、四肢反射検査や筋電図検査なども「狭義の他覚所見」に含まれる。
臨床医学的には、このほかに、聴診・打診・触診・視診、あるいは角度を測るなど、機械を使わない理学的検査方法による所見(いわゆる理学的所見)も、他覚的所見と考えられている。これと狭義の他覚的所見を合わせて、「広義の他覚的所見」と呼ぶ。
むち打ち症については、圧痛、知覚鈍麻、握力低下、スパーリングテスト・ジャクソンテストの陽性所見などは、「広義の他覚的所見」といえる。
しかし、賠償医学者の多く(すなわち法医学鑑定の多く)は、これらは反応を教えてくれるのが患者自身であるから「他覚的所見」とはいえないとされており、特に、加害者=保険会社側においては、レ線上異常所見が見られないと「他覚的所見」がないという認識が強いといわれる。
論者により、想定している「他覚的所見」の意味がやや異なっているかもしれないが、概ね「狭義の他覚的所見」が念頭におかれていると考えて大過ないであろう。
・北河隆之「『頸部外傷性症候群』再論―第63回日本整形外科学会学術集会のパネルディスカッションを終えて」日本交通法学会編『人身賠償・補償研究第2巻』判例タイムズ社184~185ページ
・東京三弁護士会交通事故処理委員会むち打ち症特別研究部会「むち打ち症に関する医学・工学鑑定の諸問題」判例タイムズ№737 18ページ
医学的他覚所見の有無が問題となりやすいのは、外傷性頚部症候群(いわゆる「むち打ち症」)です。そこで、むち打ち症の場合に、保険会社が「医学的他覚所見」として認める検査・認めない検査について、具体的に見ていきましょう。
むち打ち症の根拠となるのは、おもに画像所見と神経学的検査所見です。次のような検査方法があります。おもなものを挙げておきます。
レントゲン検査は、X線による撮像により、骨傷の有無、脊柱管のずれ、頸椎骨の並び方や曲がり方、骨棘等による神経根の圧迫の有無や程度などを診断しようとするものです。
レントゲン検査には、単純撮影と造影剤を用いる椎間板造影(ディスコグラフィー)、脊髄造影(ミエログラフィ―)がありますが、造影検査は、造影剤を注入しなければならず侵襲的であるため、MRIの普及により施行頻度は減少しているようです。
CT検査は、コンピューターにより断層撮影を行うレントゲン検査です。骨病変の描出に優れ、後縦靭帯骨化症など靭帯骨化症の診断に有用とされています。
単純CTと脊髄造影後に行うCTM(CTミエログラフィ―)があり、CTMは、脊髄や神経根の観察も可能となります。
MRI検査は、時期と電波による核磁気共鳴現象により体内を撮影し画像化します。X線被曝はありません。
MRIは、組織分解能が高いので、脊髄、靭帯、椎間板、神経根などの頸椎を支持する軟部組織の描出に有効であるとされ、神経組織の圧迫や椎間板ヘルニアの有無等の確認に有用といわれています。
MRIとCTの違いについて詳しくはこちらをご覧ください。
深部腱反射検査は、腱を打診することによって生じる反射を確認する検査です。腱反射は、末梢神経障害により減弱、消失することから、腱反射の異常を見ることにより、末梢神経の障害の有無等を確認しようとするものです。
筋電図検査は、針電極を用いて運動単位の状態を調べる検査です。筋肉に針電極を刺し、筋肉が活動する際に発する電気信号の状態を確認するものです。
徒手筋力検査は、筋力の低下の有無や度合いを、徒手的に(つまり検者の手を使って)評価する確認する検査です。神経が障害された部位がある場合、神経障害部位に応じて筋力の低下がみられる部位が異なることから、筋力の低下の部分や度合いを検査することにより、末梢神経の障害の有無や部位等を確認しようとするものです。
例えば、うつ伏せの状態で、医師が頭部を押さえつけ、患者がそれに対抗し、その反応を見たり、圧迫せずに患者の反応だけを観察して、頭部の活動状況を、0(活動なし)から5(正常)までの6段階で評価し、頸部の筋力を判断します。
感覚検査は、皮膚の触覚や痛覚の検査です。神経の障害部位に応じて、皮膚の感覚鈍麻や感覚消失のみられる部位が異なることから、皮膚の感覚障害を検査することにより、神経の障害の有無や部位等を確認しようとするものです。
神経根症状誘発検査は、脊髄から分かれて上肢へ行く神経根の異常を調べるため、神経根に圧迫を加え、神経根の支配領域に疼痛・しびれ等の神経根症状が生じるかを確認する検査です。
スパーリングテストは、痛みのある側(患側)に頭と頸を傾けさせ、やや後屈位で頭頂から軽い圧迫を加えます。ジャクソンテストは、頭部を背屈させ、頭部を軽く下方へ押さえます。いずれも圧迫を加えることにより椎間孔が狭められるので、そこを通る神経根に障害がある場合、その神経根の支配領域に疼痛・しびれ感が放散します。
通常、これらはセットで実施され、上肢における痛みを誘発・増強すれば陽性として、神経根の異常(神経根症)が疑われます。放散痛を生じた部位により、障害根の高位を推測することができます。
これらの検査法は、大きく2つに分かれます。
いうまでもなく、①の検査所見の方が、②の検査所見よりも「客観性が高い」と評価されます。
すなわち、レントゲン撮像やMRI等の画像所見、および神経学的検査の中でも深部腱反射検査や筋電図検査などは、患者の意思が介在する余地がないので、症状を裏付ける客観的根拠となり得ます。
一方、スパーリングテストやジャクソンテスト等の神経学的検査は、医師が患者の身体に軽い圧迫を加え、その際に痛みが生じるか否かを検査するもので、痛みが生じるかについては、結局は患者の申告によります。徒手筋力検査も同様で、患者の意思が介在する余地があります。
そのため、この種の検査所見は、純粋な客観的所見とは評価されず、保険会社は医学的他覚所見として認めないのが普通です。
なお、画像所見が「医学的他覚所見」として認められたとしても、後遺障害の認定に際し、画像所見上で確認される状態(たとえば頸椎の狭小化やヘルニア症状など)について、事故との相当因果関係や症状との関係性が問題とされることも多く、事故により生じたものであること、および被害者の症状の要因となっていることにつき、証明・説明する必要があります。
他覚所見には、画像所見だけでなく、理学的検査や神経学的検査等の所見も含みます。他覚所見を症状を裏付ける客観的根拠として保険会社側に認めさせるには、他覚所見と自覚症状とが整合的であることが重要です。
交通事故で「むち打ち症」となり、他覚所見がなく、「保険会社が治療費の支払いを拒否する」あるいは「後遺障害の認定を受けられない」などでお困りのときは、交通事故に詳しい弁護士に相談してみることをおすすめします。
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【参考文献】
・『後遺障害の認定と意義申立―むち打ち損傷事案を中心として―』保険毎日新聞社 5~9ページ、27~34ページ、44~54ページ
・『改訂版 後遺障害等級認定と裁判実務』新日本法規 287~300ページ
・『交通事故における むち打ち損傷問題 第3版』保険毎日新聞社 196~201ページ
・『後遺障害入門』青林書院 169~176ページ
・『むち打ち症教室』同文書院 68~73ページ
・『むち打ち損傷ハンドブック第3版』丸善出版 99~109ページ
・『交通事故医療法入門』勁草書房 135~140ページ
・『実例と経験談から学ぶ資料・証拠の調査と収集―交通事故編―』第一法規 241~242ページ
・『弁護士のための後遺障害の実務』学陽書房 25~28ページ
・東京三弁護士会交通事故処理委員会むち打ち症特別研究部会「むち打ち症に関する医学・工学鑑定の諸問題」判例タイムズ№737 4~26ページ
・北河隆之「『頚部外傷性症候群』再論―第63回日本整形外科学会学術集会のパネルディスカッションを終えて」日本交通法学会編『人身賠償・補償研究第2巻』判例タイムズ社 180~201ページ
・『自動車保険の解説2023』保険毎日新聞社 88~90ページ、96~100ページ
・『交通事故事件の実務用語辞典』第一法規 99~100ページ