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交通事故に遭ったとき、加害者から「物損にしてほしい」といわれることがあります。
目立った怪我がない場合には、あとの手続きが面倒なため、ついつい申出を受け、物損事故として処理してしまいがちですが、これは絶対にやってはいけません。
軽微な事故で、本当に身体が何ともない、あとから痛みやしびれが発症する心配も全くない、というのであれば、物損事故として処理してもかまわないでしょう。
しかし、身体に少しでも違和感を感じたり衝撃を受けた可能性があるときは、絶対に物損事故として処理してはいけません。必ず、人身事故として警察に届けるべきです。
そうでないと、あとから身体の異常や不調が発生した場合に、適正な損害賠償を受けられなくなる恐れがあります。
事故直後は興奮していることもあり、身体の異常や不調を感じないとしても、時間がたち落ち着いてきたら痛みやしびれが現れる、ということが少なからずあります。
そんなとき、もしも物損事故として処理していたら、相手方の保険会社に対し、治療費の請求がスムーズにできません。保険会社に治療費を支払ってもらうには、人身事故の証明が必要ですから、警察への事故報告を物損事故から人身事故に切り替えなければなりません。
人身事故への切り替えができない場合は、「人身事故証明書入手不能理由書」を保険会社に提出すれば、物損事故のままでも治療費等の支払いを受けることは可能ですが、軽微な事故だったと判断され、途中で打ち切られたり、十分な金額が支払われない可能性があります。
さらに深刻な問題があるのは、後遺症が残る場合です。後遺症に対する損害賠償額は、基本的に後遺障害等級に応じて決まるので、後遺症が残った場合は、症状にあった適正な後遺障害等級が認定されるかどうかが大事です。後遺障害等級が認定されなければ、後遺症に対する損害賠償は受けられません。
物損事故として処理する可能性のあるレベルの事故のうち、あとから症状が出やすいのは、むち打ち症です。むち打ち症は、後遺障害等級が認定されても、多くの場合、最も障害等級の低い14級です。後遺障害「非該当」となるケースも少なくありません。むち打ち症は、後遺障害等級が認定されにくいのです。
このような後遺障害等級が認定されるかどうか微妙な症状の場合、人身事故として処理していれば、後遺障害の認定機関に「人身損害が発生した事故だった」と見てもらえますが、物損事故として処理していれば「大した事故ではなかった」と見られてしまいます。ただでさえ後遺障害等級が認定されにくいのに、ますます認定が難しくなってしまうのです。
後遺障害等級が認定されなければ、後遺症に対する逸失利益や慰謝料の損害賠償を受けられません。
人身事故は、刑事事件ですから、警察官による捜査の一環として、実況見分が行われ、調書が作成されます。それに対して、物損事故は、通常は刑事事件ではありません。なので、実況見分調書は作成されず、簡単な事故報告書が作成されるだけです。
刑事手続において作成される実況見分調書や供述調書等の刑事記録は、民事すなわち損害賠償においても、事故態様が問題となる場合には、証拠資料として活用される場合があります。実況見分調書等は、民事においても、過失割合が問題となる場合には重要な証拠資料となるのです。
物損事故として処理した場合は、実況見分調書や供述調書が作成されませんから、過失割合で揉めているとき、ドライブレコーダーの画像等が残っていなければ、事故態様を客観的に立証する証拠資料がありません。
事故態様についての双方の主張が対立するとき、客観的に立証できる資料がないと、適正な損害賠償金額を受け取ることができないのです。
あとから痛み等の症状が出たときは、警察への届出を物損事故から人身事故に切り替えることはできます。
ただし、改めて実況見分を行い調書を作成するなど、かえって手間がかかります。しかも、事故から日が経てば経つほど、事故の痕跡は消えてなくなりますから、正確な実況見分調書の作成が難しくなります。
ですから、あとから痛み等が出たときは、速やかに物損事故から人身事故に切り替えることが大切です。
交通事故に遭ったとき、加害者から「物損にしてほしい」といわれることがありますが、軽微な事故で身体に全く異常がない、あとから症状が現れる心配もない、という場合以外は、絶対に申出を受けるべきではありません。
あとから何らかの症状が現れ、治療を受けなくてはいけなくなったり、後遺症が残ったりした場合に、人身事故で届出をしているか、物損事故で届出をしているかによって、損害賠償額に差が出ます。
物損事故として警察に届けたものを人身事故へ切り替えることは可能ですが、かえって手間がかかり、正確な実況見分調書の作成が困難となります。
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【参考文献】
・『交通事故保険金のカラクリ』幻冬舎 171~173ページ
・『改訂版 弁護士のためのイチからわかる交通事故対応実務』日本法令 16~17ページ