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損益相殺による控除と過失相殺による減額の両方が適用されるときは、どちらを先に行うかによって、取得できる損害賠償金額が変わります。
損益相殺が先か、過失相殺が先かは、損益相殺の対象となる給付金の性質によって決まります。
損益相殺と過失相殺の順序について、基本的な考え方、各給付ごとの実務上の取扱いについて見ていきましょう。
「損益相殺と過失相殺の順序がどう決まるか」の前に、被害者にとっては、どちらを先に行うのが有利か、見ておきましょう。
結論から言えば、被害者にとっては、先に損益相殺(給付額を控除)した後で、過失相殺する方が、受領できる損害賠償額が多くなるので有利です。逆に、加害者にとっては、過失相殺後に控除する方が、賠償額が少なくなるので有利です。
損益相殺と過失相殺の順序が違うだけで、損害賠償額に差が出ます。損害額の算定にあたって、損益相殺と過失相殺のどちらを先に行うか、被害者と加害者とで利害が真っ向から対立するのです。
例えば、次のようなケースを考えてみください。
【事例】
総損害額1,000万円、被害者の過失割合が30%。
加害者からの損害賠償と別に、200万円の金銭給付を受けた。
先に給付額を控除(損益相殺)し、後から過失相殺すると、
被害者が損害賠償請求できる額は560万円です。
すでに受領している200万円を合わせると、1,000万円の損害のうち760万円の損害が填補されることになります。
先に過失相殺し、後から給付額を控除(損益相殺)すると、
被害者が損害賠償請求できる額は500万円です。
すでに受領している200万円を合わせると、1,000万円の損害のうち、ちょうど被害者の過失30%分を除いた700万円の損害が填補されることになります。
被害者の過失割合が大きいほど、損益相殺と過失相殺の順序の違いによる損害賠償額の差が大きくなります。
被害者の過失割合が70%(過失相殺率70%)の場合で考えてみましょう。
過失相殺率が30%の場合は60万円の差ですが、過失相殺率が70%だと140万円の差となります。
過失相殺後に控除すると、被害者が受領できる額(給付額と賠償金手取額の合計)は、結果的に、加害者が賠償すべき損害額(過失相殺後の額)と一致します。
当然の結果なのですが、計算式で確認しておきましょう。
(過失相殺後の額)-(給付額)=(賠償金手取額)
給付額を移行すると、
(過失相殺後の額)=(給付額)+(賠償金手取額)
相手方自賠責保険からの支払いが、このタイプです。
一方、過失相殺前に控除すると、被害者は、本来の損害賠償額(過失相殺後の賠償金額)を上回る額を取得することができます。
つまり、損害賠償だけ受けるより、別途給付を受けた方が、受領した給付額を差し引いたとしても、最終的に取得できる損害賠償額が多くなるのです。これは、給付者が、被害者の過失割合部分の損害を一部填補していることを意味します。
健康保険からの給付が、このタイプです。被害者の過失割合が大きい場合には健康保険を利用した方が有利といわれるのは、こういった事情があるからなのです。
社会保険給付によっては、過失相殺後に控除するか、過失相殺の前に控除するか、裁判例でも見解が分かれているものがあります。例えば、公的年金給付です。
そういう給付については、被害者に有利な「過失相殺前控除」を主張することが大切です。交通事故の損害賠償問題に詳しい弁護士に相談するとよいでしょう。
ここに挙げているのは、損害額の算定にあたって控除(損益相殺)する給付です。金銭給付を受けても、損害賠償請求額から控除しない給付もあります。損益相殺する給付・損益相殺しない給付の区別はこちらをご覧ください。
損益相殺による控除が先か、過失相殺による減額が先か、損益相殺と過失相殺の順序は、給付の目的や給付金の性質により判断します。
一般的には、加害者からの弁済や自賠責保険からの損害賠償額の支払いなど、損害の填補として行われる給付は過失相殺後控除とされます。社会保険給付については、その給付の性質(損害填補か社会保障か)を考慮して判断し、社会保障的性格の強い給付は過失相殺前控除とされます。
ですが、次のように考えると判断しやすくなります。
損害の填補を目的とする制度には、①損害の補償(損害自体の填補)を主目的とする制度と、②損害の賠償を主目的とする制度の2種類があることに着目し、この2つを区別して考えるのです。
被害者側の過失の有無を基本的に問題とせず、被害者に損害が発生したことを要件として損害を補償する制度です。
損害の補償を目的とした制度なので、給付により損害自体が填補されたと解され、「過失相殺する前の損害」が控除の対象となります。過失相殺前控除(控除が先行)です。
社会保障制度や損害保険が該当します。
賠償者の責任を前提とし、被害者側に過失があれば過失相殺した上で賠償する制度です。
損害の賠償を目的とした制度なので、本来賠償されるべき「過失相殺後の損害」が控除の対象となります。過失相殺後控除(過失相殺が先行)です。
責任保険やそれに関連する制度が該当します。
損害の填補の2つに分類する考え方については、大阪地方裁判所判事補・水野有子「損害賠償における第三者からの給付を原因とする控除-特に損益相殺と代位との関係-」判例タイムズ№865(1995・3・1)14ページを参考にしました。
以下、主な金銭給付について、個別に見ていきましょう。トラブルになりやすく、注意が必要なのは、社会保険給付の取扱いです。
加害者からの弁済や、自賠責保険からの損害賠償額の支払い(自賠法16条にもとづく被害者請求)は、損害の填補(損害の賠償)です。
したがって、まず過失相殺をして、加害者が賠償すべき損害額を確定した後で、受領した額を控除します。
労災保険給付は、最高裁判決(平成元年4月11日)により、過失相殺後控除の取扱いが確定しています。
つまり、労災保険給付は、まず過失相殺をして加害者が賠償すべき損害額を確定し、過失相殺後の額から労災保険給付額を控除します。
労働者がいわゆる第三者行為災害により被害を受け、第三者がその損害につき賠償責任を負う場合において、賠償額の算定に当たり労働者の過失を斟酌すべきときは、右損害の額から過失割合による減額をし、その残額から労働者災害補償保険法に基づく保険給付の価額を控除するのが相当である。
過失相殺後に控除する理由について、最高裁判決では次のように述べています。
労災保険法12条の4は、第1項で、政府が先に保険給付したときは、損害賠償請求権が給付の価額の限度で国に移転し、第2項で、第三者が先に損害賠償したときは、政府はその価額の限度で保険給付をしないことができると定め、被害者に対する「第三者の損害賠償義務」と「政府の保険給付義務」とが相互補完の関係にあり、同一の事由による損害の二重填補を認めない趣旨を明らかにしている。
政府が保険給付をしたとき、被害者の損害賠償請求権は、給付の価額の限度において国に移転し減縮する。
損害賠償額を定めるにあたり被害者の過失を斟酌すべき場合には、被害者は過失相殺した額の損害賠償請求権を有するに過ぎない。
労災保険法12条の4第1項により国に移転する損害賠償請求権も、過失相殺後の額を意味すると解するのが文理上自然である。
そもそも被害者が損害賠償請求できるのは過失相殺後の残額の部分ですから、政府が代位する損害賠償請求権も、過失相殺後の残額部分しかありえないという論理です。
したがって、被害者には、過失相殺後の損害賠償請求権額から、代位額(給付額)を控除した損害賠償請求権額のみが残るというわけです。
1.政府は、保険給付の原因である事故が第三者の行為によつて生じた場合において、保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。
2.前項の場合において、保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で保険給付をしないことができる。
同様の趣旨から、国家公務員災害補償法、地方公務員災害補償法にもとづく給付についても、過失相殺が先行するとされています。
最高裁判決には、過失相殺前控除の立場からの反対意見も付されています。その根拠として、労災保険給付が使用者の故意・過失を要件とせず、事故が労働者の過失によるときであっても保険給付が行われ、労働者の損害を補償する社会保障的性格をも有していることを挙げています。
健康保険や国民健康保険からの給付と過失相殺がある場合、健康保険給付額を控除した後で過失相殺をするのが実務上の取扱いです。
過失相殺前に控除するということは、健康保険から支払われた診療費(保険給付額)は、被害者の損害として考慮しないというのと同じです。
保険者(健康保険組合や市町村など)による求償実務においても、過失相殺後の金額を求償する取扱いです。これは、「過失相殺前控除という実務上の取扱いを行政側が是認したもの」と解されています。
厚生省(当時)と社会保険庁の通知で、「代位取得した損害賠償請求額を被害者の過失割合に応じて減額し算定して差し支えない」としています。
※厚生労働省のWebサイトにリンクしています。
ちなみに、労災保険は、加害者へ求償する際、被害者の過失相殺を考慮しません。「代位取得するのは、過失相殺後の請求額しかあり得ない」という論理からです。
具体的に考えてみましょう。計算を簡単にするため、被害者の損害を治療費のみとし、逸失利益や慰謝料は考慮しません。
【事例】
健康保険を使って治療費は総額100万円。本人負担は3割の30万円で、あとの70万円は健康保険からの給付です。被害者の過失割合が50%だったとします。
健康保険給付は「過失相殺前控除」が実務上の取扱いです。
まず、健康保険給付の70万円を損害から控除します。残り30万円について50%の過失相殺をすると、加害者に賠償請求する損害額は、15万円となります。
「保険給付額を控除した後で過失相殺する」ということは、最初から保険給付額を損害として考慮しないのと同じことです。
ちなみに「過失相殺後控除」で計算すると、100万円の損害に対して50%過失相殺し、残額50万円から保険給付額70万円を控除するので、マイナス20万円です。つまり、加害者に賠償請求できる損害はない、ということになります。
被害者に発生した総損害額100万円は、次のように填補されます。
保険者(健康保険組合)が、7割の70万円を給付します。保険者は、給付額を限度に加害者に対する求償権を代位取得しますが、被害者(被保険者)に50%の過失相殺があるため、保険者が加害者に求償できる額は35万円です。求償できない35万円は、保険者の負担となります。
加害者の支払う額は、被害者への15万円と保険者への35万円を合わせて50万円です。これは、そもそも加害者が被害者に対して賠償責任を負う過失相殺後の損害額の50万円と一致します。
被害者は、実質的な損害30万円については、50%過失相殺をした15万円が加害者からの賠償により填補され、健康保険給付により70万円が填補されます。すなわち、100万円の損害のうち、85万円が填補されることになります。
これを最終的な負担で見ると、加害者が50万円(被害者に15万円、保険者に35万円)を損害賠償によって填補し、保険者が35万円を填補したことになります。
労災保険給付について「過失相殺後控除」とした最高裁判決では、その根拠に労災保険法の代位規定(労災保険法12条の4)を挙げています。
健康保険法や国民健康保険法にも同様の代位規定(健康保険法57条、国民健康保険法64条)があり、最高裁判決の論理に従えば、健康保険や国民健康保険からの給付も、労災保険給付と同じように、過失相殺後控除の取扱いとなります。
ところが、この最高裁判決後も、健康保険や国民健康保険からの療養給付については、従前と変わらず過失相殺前控除(控除が先)で運用されています。療養給付だけでなく、高額療養費や傷病手当金なども、たいてい、過失相殺前控除で実務上は処理されています。
その理由は、健康保険や国民健康保険など公的医療保険は、社会保障的な性格が強く、制度自体が補償を目的とし、被害者みずから保険料を負担しているから、とされています。
健康保険給付は過失相殺前控除が相当とする理由について、名古屋地裁判決では、次のように説明しています。
健康保険法による健康保険給付は、被害者の過失を重視することなく、社会保障の一環として支払われるべきものであることに鑑みれば、過失相殺の負担は保険者等に帰せしめるのが妥当であるから、健康保険法による傷病手当金及び高額療養費の各給付は、過失相殺前にこれを損害から控除すべきである。
国民健康保険からの給付額について、過失相殺後控除が相当とした最高裁判例があります。
国民健康保険法(第58条1項)にもとづく葬祭費の給付額について、政府保障事業による填補金の算定にあたり、「葬祭費の支給額を控除すべきときは、損害の額から過失割合による減額をし、その残額からこれを控除する」としました。
(⇒最高裁判決・平成17年6月2日)
ただし、この最高裁判例は、政府保障事業による損害の填補と他法令にもとづく給付との調整に限ったもので、その判断の射程は、損害賠償請求一般には及ばないと考えられています。
そもそも政府保障事業は、自賠責保険からの損害賠償すら受けられない被害者に対し、他法令にもとづく給付を受けてもなお損害を回復できないときに、国が損害を填補する制度で、「給付の最終性・最小性」を特徴としています。
自賠法(自動車損害賠償保障法)では、被害者が、他法令にもとづいて損害の填補に相当する給付を受けるべき場合には、その給付に相当する金額の限度において、損害の填補をしない(第73条1項)と規定しており、判決では、この条項を根拠に挙げて、過失相殺後控除が相当としているのです。
【参考】
・『交通損害関係訴訟 補訂版』青林書院 107ページ
・『実務精選100 交通事故判例解説』第一法規 144~145ページ
過失相殺後に控除するという見解と、過失相殺前に控除するという見解に分かれていて、裁判例も統一されていません。
遺族年金との損益相殺的調整について判示した最高裁判決(平成5年3月24日)が、特段の理由を付さず、遺族年金について過失相殺後控除とした原審の判断を維持したこともあり、障害年金・遺族年金について過失相殺後に控除する裁判例が多く見られます。
他方で、公的年金は、障害を負ったとか死亡したという事実があれば、受給資格がある限り、その原因を問わず給付を受けられます。自らの過失が原因であったとしても、減額されることなく支払われ、損害が補償されます。
しかも、被保険者が保険料を拠出したことにもとづく給付としての性格を有していることから、その性質は健康保険に近いものと考えられ、過失相殺前に控除するのが相当とする裁判例も少なくありません。
「赤い本」(日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準』)では、過失相殺前控除としています。
被害者側としては、受領できる金額が大きくなる過失相殺前控除を主張すべきです。
被害者が人身傷害補償保険金を受領した後で、過失相殺のある損害賠償請求をする場合、人身傷害補償保険金を控除する計算方法は、最高裁判例(平成24年2月20日)により確定しています。
控除の方法は、他の金銭給付の損益相殺や損益相殺的調整と異なりますから、注意が必要です。
人身傷害補償保険金は、損害額のうち、①まず被害者の過失割合に相当する部分に充当し、②残額を加害者の過失割合に相当する部分に充当します。
つまり、過失相殺後の額から②の額を控除した額が、加害者に対して賠償請求できる損害額です。
このとき、人身傷害補償保険金を支払った保険会社は、②の額を被害者に代わって加害者に求償できる額として代位します(⇒裁判基準差額説)。
人身傷害補償保険は、被害者の過失割合に関係なく損害を全額補償する保険ですが、損害算定基準(人傷基準)が裁判所基準より低いため、受領できる保険金は、民事上認められる損害額よりも低くなります。
具体例で考えてみましょう。
損害額が1,000万円。被害者の過失割合が30%、800万円の人身傷害補償保険金を受領したとします。
損害額1,000万円のうち、被害者の過失割合に相当する部分が300万円、過失相殺後の損害額が700万円です。
人身傷害補償保険金800万円のうち、300万円を被害者の過失部分に充当し、残り500万円を過失相殺後の損害額700万円に充当すると、加害者に賠償請求できる損害額は200万円です。
このとき、保険会社は500万円の求償権を代位取得するため、過失相殺後の損害額700万円から、保険会社が代位する500万円を控除して、加害者に200万円の損害賠償請求ができるということです。
損害賠償額を決定するにあたって、損益相殺と過失相殺がされる場合、どちらを先に行うかによって、受け取れる賠償金額が違ってきます。
加害者からの弁済や自賠責保険からの損害賠償額の支払いについては、過失相殺後の金額から弁済額を控除することで問題ありません。
しかし、社会保険給付に関しては、過失相殺後控除か過失相殺前控除か、見解が分かれる場合があります。被害者にとっては、過失相殺前に控除する方が賠償額が多くなるので有利です。
労災保険給付については過失相殺後控除とする最高裁判例がありますが、その他の健康保険給付や公的年金給付などについては、過失相殺後控除か過失相殺前控除か、最高裁は判断を示していません。
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【参考文献】
・裁判実務シリーズ9『交通関係訴訟の実務』商事法務 356~357ページ
・リーガル・プログレッシブ・シリーズ5『交通損害関係訴訟 補訂版』青林書院 105~108ページ
・『交通事故損害賠償法 第2版』弘文堂 262~266ページ
・弁護士研修講座『民事交通事故訴訟の実務』ぎょうせい 234~236ページ
・『事例にみる交通事故損害主張のポイント』新日本法規 287~288ページ
・『交通賠償のチェックポイント』弘文堂 203~204ページ
・『要約 交通事故判例140』学陽書房 82~83ページ
・『実務精選100 交通事故判例解説』第一法規 142~145ページ
・『交通賠償実務の最前線』ぎょうせい 233~238ページ
・別冊Jurist№233『交通事故判例百選 第5版』有意閣 166~167ページ
・別冊ジュリスト№152『交通事故判例百選 第4版』有意閣 158~159ページ
・大阪地方裁判所判事補・水野有子「損害賠償における第三者からの給付を原因とする控除」判例タイムズ№865
・東京地方裁判所判事・高取真理子「公的年金による損益相殺」判例タイムズ№1183
・「交通事故における社会保障制度をめぐる諸問題」神奈川県弁護士会・専門実務研究12号
・新版『逐条解説 自動車損害賠償保障法』ぎょうせい 221~231ページ
・『逐条解説 自動車損害賠償保障法 第2版』弘文堂 230~234ページ
・『交通事故損害賠償の手引』企業開発センター 77~80ページ