ここでは、労働能力喪失率とは何か、そもそも労働能力とは何をいうのか、労働能力の喪失率はどのように決められているのか、さらに、労働能力喪失率を判定するのに用いられる「労働能力喪失率表」の由来と問題点について解説します。労働能力喪失率とは?労働能力喪失率とは、交通事故の後遺障害のために、事故前と比べて「労働能力」が低下した割合のことです。後遺障害逸失利益の算定に用います。ここでいう労働能力とは、一般的な平均的労働能力をいい、被害者の年齢・職種・知識・経験などの職業能力的諸条件については、障害の程度を決定する要素とはなっていません。(『労災補償障害認定必携第17版』一般財団法人労災サポートセンター70ページ)労働能力喪失率は、どのように決まるのか?労働能力喪失率は、該当する後遺障害等級に応じて決まります。自賠責支払基準の「別表Ⅰ 労働能力喪失率表」において、各後遺障害等級に対応する労働能力喪失率が定められており、自賠責保険では、後遺障害等級が決まれば、それに応じて労働能力喪失率も決まる仕組みです。労働能力喪失率表とは?労働能力喪失率表とは、次のようなものです。自賠責支払基準の「別表Ⅰ」より抜粋しておきます。介護を要する後遺障害(自賠法施行令別表第1)の場合等級労働能力喪失率第1級100/100第2級100/100後遺障害(自賠法施行令別表第2)の場合等級労働能力喪失率第1級100/100第2級100/100第3級100/100第4級92/100第5級79/100第6級67/100第7級56/100第8級45/100第9級35/100第10級27/100第11級20/100第12級14/100第13級9/100第14級5/100なお、この労働能力喪失率表の数値(労働能力喪失率)には、科学的根拠はないといわれています。この数値になった理由については、あとで説明します。労働能力喪失率表の由来自賠責保険の労働能力喪失率表には、「労働基準局長通牒 昭32.7.2基発第551号による」という但し書きが付いている場合があります。例えば、こちらの国土交通省のWebサイトに掲載している労働能力喪失率表です。自賠責保険の運用は労災保険に準じて行われており、労働能力喪失率は、昭和32年7月2日労働基準局長通牒(基発第551号)で示された労働能力喪失率表にもとづき判定されます。そもそも労働能力喪失率表とは、労災保険の第三者行為災害の事案で、保険者である国が、第三者(加害者)に求償するにあたり、代位の対象となる「被災者が加害者に対して有する損害賠償請求債権額」の目安をつけるためのものです。第三者行為災害の場合、労災保険の保険者である政府は、保険給付をすると、被災労働者が第三者(加害者)に対して有する損害賠償請求権を代位・取得し、その第三者に対して求償請求を行うことになります(労災法12条の4)。労働者災害補償保険法第12条の4第1項政府は、保険給付の原因である事故が第三者の行為によって生じた場合において、保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。この求償額は、①保険給付額の範囲で、かつ②被災労働者が加害者に対して有する損害賠償請求債権額が限度となります。問題は、①の保険給付額は明らかであっても、②の「被災労働者が加害者に対して有する損害賠償請求権の額」が、裁判所の判断を待たなければ確定せず、保険給付額をそのまま求償請求したのでは妥当性を確保できない、ということです。そのため、「被災者が加害者に対して有する損害賠償請求権の額」を算出する目安が必要となります。そこで、国(旧労働省)は、事務取扱の便をはかり行政取扱いを統一化するために、「被災者が加害者に対して有する損害賠償請求権の範囲」や「賠償額の算定方法」などについて、基準を定めて各都道府県労働基準局長あて通達しました。それが、昭和32年7月2日基発第551号労働基準局長通牒で、この中で労働能力喪失率表が示されたのです。その意味で、労働能力喪失率表は、民事損害賠償実務を前提とした「国としての損害算定基準」という性格をもつことになり、さらに、国の示した基準という性格上、一定の信頼性があるとの考えから、裁判における損害算定にも採用されるようになったのです。労働能力喪失率表の数値の意味労働能力喪失率表の労働能力喪失率は、第4級が92%、第5級が79%、第6級が67%、第7級が56%・・・となっており、何らかの意味がありそうな数値です。どのような経緯で、この数値になったのでしょうか?労働能力喪失率表は、労働基準法77条所定の労働災害の障害補償に関する別表「身体障害等級及び災害補償表」にもとづいて作成されたものです。労働基準局長通牒(昭和32年7月2日基発第551号)の中で、労働能力喪失率については、労働基準法の「身体障害等級及び災害補償表」にもとづき、各障害等級の後遺障害につき障害補償日数を10分の1にしてパーセントを附し、かつ第3級以上をすべて100%としたものを「労働能力喪失率表」と称して用いるとしています(『現代損害賠償法講座7』日本評論社200ページ)。詳しく見ていきましょう。労働基準法77条は、「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、治った場合において、その身体に障害が存するときは、使用者は、その障害の程度に応じて、平均賃金に別表第二に定める日数を乗じて得た金額の障害補償を行わなければならない」と定めています。ここでいう別表第二が、「身体障害等級及び災害補償表」です。身体障害等級及び災害補償表等級災害補償第1級1340日分第2級1190日分第3級1050日分第4級920日分第5級790日分第6級670日分第7級560日分第8級450日分第9級350日分第10級270日分第11級200日分第12級140日分第13級90日分第14級50日分これと労働能力喪失率をあわせて1つの表にまとめると、こうなります。等級給付日数労働能力喪失率第1級1340日100/100第2級1190日100/100第3級1050日100/100第4級920日92/100第5級790日79/100第6級670日67/100第7級560日56/100第8級450日45/100第9級350日35/100第10級270日27/100第11級200日20/100第12級140日14/100第13級90日9/100第14級50日5/100この表を見れば分かるように、労働能力喪失率表の4級以下の喪失率は、障害補償の給付日数を10で割った数値が、喪失率のパーセンテージと一致するのです。第3級以上が労働能力喪失率100%となっているのは、「終身労務不能」を第3級としているからです。障害等級表では、第3級の3が「神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」、第3級の4が「胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」と規定しています。そのため第3級が労働能力喪失率100%となり、これより上の第1級と第2級は、100%を超える喪失率はあり得ないので、労働能力喪失率100%としているのです。このことから、労働能力喪失率は、保険給付額からの単純な逆算であり、後遺障害と労働能力喪失率についての科学的な検討をふまえて定められたものではない、といわれています。とはいえ、全く何らの科学的検討も経ないで決められたものともいえません。現行労災補償における等級評価体系の基礎となった過去の障害等級表作成過程において、労働能力喪失率についての一定の検討がなされており、あながち非科学的なものとはいえない、との指摘もあります。現行の労災給付額は、昭和6年制定の労働者災害扶助法施行令別表に逢着する。これは内務省社会局労働部において医学専門家をも交えて、鉄道共済会の公傷給付査定標準(大正8年制定)、官営八幡製鉄所共済組合の公傷病等差規程(大正11年制定)等を資料として検討した結果に基づくもので、現在の労働能力喪失率表は、100%以上の積極損害部分を捨象すれば、ほぼ昭和初年に考えられた労働能力喪失割合とさほどの差はないことになるから、むしろこれは一応の科学的検討を経て出されたものと評価すべきものであろう。(加藤和夫「後遺症における逸失利益の算定」『現代損害賠償法講座(7)』日本評論社199~201ページ)東京地裁民事27部(交通専門部)の判事も、労働能力喪失率表の数値は、「ただちに科学性・合理性を積極的に認めることができないとしても、実際に事件を担当していると『当たらずとも遠からず』という感じのする事例が多いことも事実」と話しています(『新しい交通賠償論の胎動』ぎょうせい34ページ)。裁判における労働能力喪失率表の取扱い現在の民事損害賠償実務においても、この旧労働省の発した通牒で示された労働能力喪失率表を使っていますが、そもそも労働能力喪失率表は、労災保険手続き上の基準を示した通達にすぎず、民事損害賠償の権利義務に関して法的効力を持ちません。したがって、現実の裁判実務では、労働能力喪失率表の数値を参考にしつつも、適宜数値を調整して損害算定する例もみられます。東京地裁民事27部の河邉義典判事は、講演の中で、「他に代わるべき客観的な基準がない現状においては、判断の客観性、統一性を確保するため、第一次的には喪失率表を参考にするのが妥当であると思われるが、喪失率表の定める喪失率が後遺障害の実情に合致しない場合にまで、画一的、定型的に喪失率表にしたがう必要はない」と話しています。(東京三弁護士会交通事故処理委員会編集『新しい交通賠償論の胎動』ぎょうせい34ページ)東京地裁民事27部(交通部)における炉王道能力喪失率表の取扱い東京地裁民事27部(交通部)では、次のように取り扱っています。後遺障害等級が認定されると、通常は、後遺障害等級に応じた労働能力喪失率を認めているが、労働能力の低下の程度については、労働能力喪失率表を参考としながら、被害者の職業、年齢、性別、後遺障害の部位・程度、事故前後の稼働状況等を総合的に判断して、具体的に評価することとなる。(「東京地裁民事27部における民事交通訴訟の実務について」別冊判例タイムズ3815ページ)裁判では被害者の具体的事情を考慮裁判でも基本的に自賠責の判断した労働能力喪失率が尊重されますが、その労働能力喪失率が適当でない場合は、個別事情を考慮して、修正した労働能力喪失率が認定されます。最高裁は、「労働能力喪失表にもとづく労働能力喪失率以上に収入の減少を生じる場合には、その収入減少率に照応する損害の賠償を請求できる」と判示しています。事案は、小学校教諭を退職後、ピアノと書道の家庭教師として各家庭に出張教授し、毎月5万円の収入を得ていた男性が、交通事故に遭い、右膝関節屈曲障害(労災等級9級(喪失率35%)または10級(喪失率27%)該当)により、正座はもちろん、ピアノのペダルを踏むことも困難となり、家庭教師を辞めたというものです。原判決が90%の労働能力喪失率を認定したところ、加害者側から、喪失率表に従わずに労働能力喪失率を認定したのは、法的安定性を破るものであるとして、上告したものです。最高裁は、この上告に対し、次のように述べ、90%の労働能力喪失率を認めた原判決の判断を是認し、上告を棄却しました。最高裁判所第二小法廷 昭和48年11月16日 判決交通事故による傷害のため、労働能力の喪失・減退を来たしたことを理由として、得べかりし利益の喪失による損害を算定するにあたって、上告人の援用する労働能力喪失率表が有力な資料となることは否定できない。しかし、損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を填補することを目的とするものであるから、被害者の職業と傷害の具体的状況により、同表に基づく労働能力喪失率以上に収入の減少を生じる場合には、その収入減少率に照応する損害の賠償を請求できることはいうまでもない。労働能力喪失の実態について適切な立証を行うことにより、喪失率表所定の喪失率よりも高い労働能力喪失率を認めた判決も少なくありません。まとめ後遺障害によって労働能力がどの程度失われるのかという労働能力喪失率は、自賠責保険制度においては、後遺障害等級が認定されれば、その等級に対応した労働能力喪失率が認められます。ただし、後遺障害等級に対応する労働能力喪失率を定めた労働能力喪失率表は、科学的根拠のあるものではなく、しかも労災保険手続上の基準を示した通達において示されたものにすぎません。したがって、労働能力喪失率表は、民事損害賠償実務において法的拘束力を持つものではありませんから、労働能力喪失率表により導かれる労働能力喪失率が、後遺障害の実情に合致しない場合には労働能力喪失率表に従う必要はありません。労働能力喪失率表を参考としながら、被害者の職業、年齢、後遺症の部位・程度などから総合的に判断し、具体的に評価することが大切です。労働能力喪失率をどう判断するかは、後遺障害逸失利益の算定において難しいところなので、交通事故の後遺障害に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。交通事故による被害・損害の相談は 弁護士法人・響 へ弁護士法人・響は、交通事故被害者のサポートを得意とする弁護士事務所です。多くの交通事故被害者から選ばれ、相談実績 6万件以上。相談無料、着手金0円、全国対応です。交通事故被害者からの相談は何度でも無料。依頼するかどうかは、相談してから考えて大丈夫です!交通事故の被害者専用フリーダイヤル 0120-690-048 ( 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