ひき逃げや無保険車による事故の場合、被害者は、相手方の自賠責保険・自賠責共済から損害賠償額の支払を受けられません。このように、被害者が自賠責保険や自賠責共済による救済を受けられない場合、被害者は、自動車損害賠償保障事業(政府保障事業)に対し、損害の填補を請求できます。自動車損害賠償保障事業(政府保障事業)とはどんなものか、どのような場合に政府保障事業の対象となるのか、詳しく見ていきましょう。政府保障事業とは?自動車の運行による人身事故で負傷した被害者は、本来なら少なくとも、加害車両に付保されている自賠責保険・自賠責共済により、損害の填補を受けることができます。「自動車は、責任保険の契約が締結されているものでなければ、運行の用に供してはならない」と、自賠責保険(自賠責共済を含む)の契約締結が、法律で義務付けられているからです(自賠法5条)。自賠責保険制度でも被害者が救済されないケースがあるしかし、ひき逃げ事故に遭った場合には、加害者・加害車両を特定できないため、加害者に損害賠償を請求することも、加害車両に付保された自賠責保険に損害賠償額の支払を直接請求することもできません。あるいは、加害者が判明している事故でも、加害車両に自賠責保険が付保されていない無保険車の場合には、加害者側に賠償資力がなければ、損害賠償を受けることができません。これでは、「自動車の運行によって人の生命・身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立することにより、被害者の保護を図る」(自賠法1条)という自賠法の目的を達成することはできません。自賠責保険制度を補完する最終的救済措置そこで、ひき逃げや無保険車による事故に遭い、自賠責保険制度による救済すら受けられない被害者の保護・救済を図る目的で、政府が保障事業を行うことを自賠法で規定しているのです(自賠法71条)。また、政府保障事業は、国による最終的な救済措置という位置づけであることから、被害者が、健康保険法や労災保険法その他政令で定める法令に基づいて損害の填補に相当する給付を受けるべき場合、あるいは損害賠償責任を負担する者から損害賠償を受けたときは、それらの額に相当する額を控除して支払う、と規定しています(自賠法73条)。つまり、政府保障事業とは、自賠責保険制度による救済すら受けられない、ひき逃げや無保険車による事故に遭った被害者に対し、健康保険や労災保険等の他の社会保険給付や損害賠償責任者の支払いによっても、なお被害者に損害が残る場合に、法定限度の範囲内で、政府がその損害を填補する制度です。すなわち、政府保障事業は、自賠責保険制度を補完し、各種の保険制度によっても救済されない被害者を保護する最終的救済措置です。保障事業に対する請求権は、損害賠償請求権ではない政府保障事業に対する請求権は、民事上の損害賠償請求権ではなく、自賠法(自動車損害賠償保障法)によって創設された請求権です。この点につき、判例は、政府保障事業の目的が「等しく交通事故の被害者でありながら自賠責保険によっては全く救済を受けることができない者が生じるのは適当でないとして、社会保障政策上の見地から特に、とりあえず政府において被害者に対し損害賠償義務者に代わり損害の填補をすることによって、……特殊の場合の被害者を救済することにするため」であることからすれば、「政府の保障事業による救済は、他の手段によっては救済を受けることができない交通事故の被害者に対し、最終的に最小限度の救済を与える趣旨のものであると解するのが相当」としています。(最高裁第3小法廷判決・昭和54年12月4日)政府保障事業に被害者が請求できるケース被害者が政府保障事業に請求できるのは、次の場合です(自賠法72条1項)。加害自動車の保有者が明らかでない場合(自賠法72条1項前段)自賠責保険の被保険者以外の者が損害賠償責任を負う場合(自賠法72条1項後段)自賠法72条1項は、次のように定めています。自賠法72条1項政府は、自動車の運行によって生命又は身体を害された者がある場合において、その自動車の保有者が明らかでないため被害者が第3条の規定による損害賠償の請求をすることができないときは、被害者の請求により、政令で定める金額の限度において、その受けた損害をてん補する。責任保険の被保険者及び責任共済の被共済者以外の者が、第3条の規定によって損害賠償の責に任ずる場合(その責任が第10条に規定する自動車の運行によって生ずる場合を除く)も、被害者の請求により、政令で定める金額の限度において、その受けた損害をてん補する。※後段カッコ内の「第10条に規定する自動車」とは、自賠責保険の適用除外車のことです。適用除外車の運行によって生じる損害賠償責任は、政府保障事業の対象から除外されます。加害自動車の保有者が明らかでない場合保有者が明らかでない場合というのは、ほとんどが、加害者および加害車両が不明の「ひき逃げ事故」です。加害車両は判明しているが、加害者が不明の場合(加害車両が本来の保有者の管理責任が及ばない盗難車で、運転していた者が不明の場合等)も、このケースに該当します。自賠責保険の被保険者以外の者が損害賠償責任を負う場合自賠責保険の被保険者でない者が賠償責任を負う場合とは、無保険車の運行による事故、盗難車の運行による事故、自賠責保険適用除外車の運行による事故、の3つのケースがあります。ひき逃げ事故ひき逃げ事故の場合は、加害者も加害車両も不明です。被害者は、加害者に損害賠償請求することも、加害車両の自賠責保険に対し直接請求(被害者請求)することもできません。このような場合、被害者は、政府の保障事業に損害の填補を請求することができます。なお、加害者と疑われる人物がいたとしても、本人が否定したり事実関係を争っているような場合は、損害賠償請求権の時効消滅を避けるため、とりあえず保有者不明のひき逃げ事故として取り扱う運用がされています。ひき逃げ事故に遭ったとき治療費など損害の賠償請求は?無保険車の運行による事故自賠責保険に加入していない、いわゆる無保険車の運行による事故の場合、自賠責保険に対する被害者請求はできません。加害車両の運行供用者には、運行供用者責任(損害賠償責任)が発生しますから(自賠法3条)、賠償責任を追及することは可能ですが、賠償資力がなければ、泣き寝入りです。このような場合、被害者は、政府保障事業に損害の填補を請求できます。なお、保険契約の始期前も、無保険に含まれます。保険責任の始期は、通常、契約が成立したときですが、保険契約者の希望で保険責任の始期が送れることもあります。このような保険責任の始まっていない自動車を運行の用に供することは、自賠法5条違反です。この場合も、政府保障事業へ請求することができます。交通事故の加害者が自賠責保険に入っていないとき盗難車の運行による事故自賠法は、自動車の運行によって他人を死傷させたとき、損害賠償責任を負うことを定めています(運行供用者責任=自賠法3条)。他方で、自賠責保険は、車両の保有者に損害賠償責任(運行供用者責任)が発生したときに、保険金を支払うと規定しています(自賠法11条)。保有者とは、自動車の所有者や正当な使用権を有する者のことです(自賠法2条3項)。盗難車の運行(泥棒運転)による事故の場合、泥棒運転した運転者は、運行供用者として損害賠償責任は発生しますが、保有者ではないので自賠責保険から保険金は支払われません。この場合、被害者は、政府保障事業に損害の填補を請求することができます。ただし、盗難車(泥棒運転)による事故の場合であっても、盗難車両の保有者に運行供用者責任が発生するときは、自賠責保険の支払い対象となります。保有者に損害賠償責任が発生するかどうかは、自動車の保管・管理の状況、盗難から事故までの経過時間などから総合的に判断されます。自賠責保険の適用除外車の運行による事故自賠責保険の適用除外車(自賠責保険の契約締結が強制されない自動車=自賠法10条・同法施行令1条の2)の運行による事故は、政府保障事業の対象から除外されています(自賠法72条1項)。適用除外車とは、自衛隊・在日米軍・国連軍の車両と、道路以外の場所のみにおいて運行の用に供する自動車(いわゆる構内専用車)です。これらが自賠責保険の強制適用を除外されているのは、自賠責保険制度によらなくても、賠償資力があり被害者の保護・救済の目的が達成できるからです。自衛隊・在日米軍・国連軍の自動車が事故を起こしたときは、国が賠償責任を負います。また、構内専用車は、もっぱら公道以外の限定された場所のみで運行され、構内で事故があった場合は労災保険など他の制度で損害回復が可能であり、保有者に相応の賠償資力があると想定されます。したがって、適用除外車の運行による事故は、当該車両の保有者に、損害賠償請求を行うこととなります。適用除外車の事故で、政府保障事業の対象となるケース適用除外車は、基本的に政府保障事業の対象となりませんが、例外として、構内専用車が移動のため一時的に公道を走行し、道路上で人身事故を起こした場合は、無保険車による事故と同じですから、政府保障事業の対象となります。適用除外車による事故が政府保障事業の対象となる場合について、最高裁判例があります。最高裁第3小法廷判決(平成5年3月16日)自賠法10条にいう「道路…以外の場所のみにおいて運行の用に供する自動車」であっても、その本来の用途から外れて道路上を走行中に事故が発生して、自動車損害賠償責任保険の被保険者以外の者の自賠法3条の規定による損害賠償責任が生ずる場合には、右事故につき、自賠法71条に規定する政府の自動車損害賠償保障事業の適用があるものと解するのが相当である。まとめひき逃げや無保険車による事故の場合、被害者は、自賠責保険による救済を受けられません。このような場合、被害者は、政府の自動車損害賠償保障事業に損害の填補を請求することができます。政府の自動車損害賠償保障事業は、自賠責保険制度を補完し、各種の保険制度によっても救済されない被害者を保護する最終的救済措置です。交通事故による被害・損害の相談は 弁護士法人・響 へ弁護士法人・響は、交通事故被害者のサポートを得意とする弁護士事務所です。多くの交通事故被害者から選ばれ、相談実績 6万件以上。相談無料、着手金0円、全国対応です。交通事故被害者からの相談は何度でも無料。依頼するかどうかは、相談してから考えて大丈夫です!交通事故の被害者専用フリーダイヤル 0120-690-048 ( 24時間受付中!)無料相談のお申込みは、こちらの専用ダイヤルが便利です。メールでも無料相談のお申込みができます。公式サイトの無料相談受付フォームをご利用ください。評判・口コミを見てみる公式サイトはこちら※「加害者の方」や「物損のみ」の相談は受け付けていませんので、ご了承ください。【参考文献】・『新版 逐条解説 自動車損害賠償保障法』ぎょうせい 221~223ページ・『逐条解説 自動車損害賠償保障法 第2版』弘文堂 226~228ページ・『自賠責保険のすべて 13訂版』保険毎日新聞社 176~177ページ・『プラクティス交通事故訴訟』青林書院 36~38ページ・『交通事故損害賠償保障法 第3版』弘文堂 400~402ページ・『新版 交通事故の法律相談』学陽書房 322~324ページ・『新版 交通事故の法律相談』青林書院 359~365ページ