公的保険給付を受けたときの損益相殺的な調整は、保険給付の目的・性質に応じて、同一性のある損害の限度で控除されます。これを「費目拘束」といいます。保険給付の種類によって控除対象となる損害費目が決まっていて、保険給付額が、対応する損害費目の損害額を超過しても、他の損害費目から控除することはできません。損益相殺の仕方を間違うと、賠償請求できる額が減り、損します。過失相殺が大きい場合は、特に注意が必要です。公的保険給付との損益相殺的調整の方法・注意点について、見ていきましょう。積極損害・消極損害・慰謝料の枠を超えて控除できない損益相殺的な調整により、損害額から給付額を控除できるのは、保険給付と損害賠償とが「同一の事由」の関係にある場合です。保険給付と損害賠償が「同一の事由」の関係にあるとは?社会保険の法律には、代位(給付額を限度に給付を受ける被害者の損害賠償請求権を取得する)について規定した条文に、次のような条項があります。保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で保険給付をしないことができる。(労災保険法12条の4第2項)保険給付を受ける権利を有する者が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、保険者は、その価額の限度において、保険給付を行う責めを免れる。(健康保険法57条2項)国民健康保険法(第64条2項)、国民年金法(第22条2項)、厚生年金保険法(第40条2項)などにも、同様の規定があります。これは、同一の事由による二重の填補を認めないという趣旨です。したがって、「保険給付により填補される損害」と「損害賠償により填補される損害」が同性質の損害である場合には、保険給付の原因目的と損害賠償の原因目的が同じ(同一の事由)ですから、保険給付を受けていれば、賠償額から給付額を控除するということになります。大事なのは、保険給付と損害賠償が「同一の事由」の関係にある場合に限り、損害賠償額から給付額が控除できるということです。逆に言えば、「同一の事由」の関係にない場合は、控除できません。なお、ここでいう「同一の事由」とは、単に「同一の交通事故を原因とする」ということではありません。「同一の事由」に関して、最高裁は、次のように述べています。保険給付と損害賠償とが「同一の事由」の関係にあるとは、保険給付の趣旨目的と民事上の損害賠償のそれとが一致すること、すなわち、保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償の対象となる損害とが同性質であり、保険給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合をいうものと解すべきであって、単に同一の事故から生じた損害であることをいうものではない。(最高裁判決・昭和62年7月10日)つまり、保険給付と損害賠償とが「同一の事由」の関係にあるとは、次のような場合のことです。「保険給付の対象となる損害」と「損害賠償の対象となる損害」とが、同性質である。「保険給付」と「損害賠償」とが、相互補完性を有する関係にある。続けて、最高裁は、次のように判示しました。労働者災害補償保険法による休業補償給付・傷病補償年金、厚生年金保険法による障害年金が対象とする損害と同性質であり、同一の事由の関係にあると肯定することができるのは、財産的損害のうちの消極損害(いわゆる逸失利益)のみである。したがって、右の保険給付が現に認定された消極損害の額を上回るとしても、超過分を財産的損害のうちの積極損害または精神的損害(慰藉料)から控除することは許されない。労災保険法の休業補償給付・傷病補償年金は、休業損害を填補する給付、厚生年金保険法の障害厚生年金は、逸失利益を填補する給付です。これらの給付は消極損害を填補するものですから、損益相殺的調整により控除が認められるのは、消極損害のみです。保険給付が、消極損害の額を超過していても、超過分を他の積極損害や慰謝料から控除することはできません。この最高裁判決により、公的保険給付と損害賠償額とを損益相殺的調整する場合、積極損害・消極損害・慰謝料の枠を超えて控除できないことが明確になりました。最高裁判例の流れ保険給付額を単純に損害額から差し引くことはできず、損害の種類ごとに区分して、控除しなければならないことは、比較的早くから判例で指摘されています。昭和62年の最高裁判例で、積極損害、消極損害、慰謝料を区分して控除すべきことが、はっきりと示されました。公的保険給付の損害額からの控除について、最高裁判例の流れを見ておきましょう。遺族給付は、慰謝料から控除できない労働者災害補償保険法にもとづき遺族補償費が支給された場合でも、遺族は別に、使用者に対し、不法行為による損害賠償としての慰藉料を請求することができる。⇒最高裁判決(昭和37年4月26日)労災保険給付が慰謝料から控除できないことは、早くから指摘されています。障害補償給付・休業補償給付は、慰謝料から控除できない労働者災害補償保険法による障害補償一時金・休業補償給付は、財産上の損害の填補を目的とし、精神上の損害の填補を目的としないので、慰藉料から控除することは許されない。⇒最高裁判決(昭和58年4月19日)財産的損害と精神的損害の区分して控除すべきことは明確なのですが、財産的損害のうち積極損害と消極損害の区分をどうするのかの問題が残りました。休業補償給付・傷病補償年金・障害年金は、消極損害からのみ控除できる労働者災害補償保険法による休業補償給付・傷病補償年金、厚生年金保険法による障害年金によって填補される損害は、財産的損害のうちの消極損害のみで、これを積極損害や慰謝料から控除することは許されない。⇒最高裁判決(昭和62年7月10日)財産的損害を積極損害と消極損害に分け、積極損害・消極損害・慰謝料を区分して控除することが明らかになりました。それぞれの中で、さらに細分して考えるのかどうかの問題が残っています。遺族年金は、逸失利益のみから控除できる国民年金法・厚生年金保険法にもとづく障害年金の受給者の死亡により、遺族が受給した遺族年金は、逸失利益のみから控除でき、他の財産的損害や慰謝料から控除することはできない。⇒最高裁判決(平成11年10月22日)障害年金の受給者が死んで、遺族が遺族年金をもらう場合、その控除は逸失利益から控除すべきで、他の損害費目から控除してはならないとの判断を示しました。遺族年金は、逸失利益全般から控除できる不法行為により死亡した被害者の相続人が支給を受ける遺族厚生年金は、被害者が支給を受けるべき障害基礎年金等に係る逸失利益だけでなく、給与収入等を含めた逸失利益全般との関係で控除できる。⇒最高裁判決(平成16年12月20日)喪失した利益の性質による細分化をせずに、逸失利益という枠組みで「損害と利益の同質性」を考える姿勢を示した判例です。給付と控除対象の損害費目との対応関係被害者側への支払い・給付と控除対象の損害費目との対応関係(費目拘束)について、個別に見ていきましょう。費目拘束について特に注意が必要なのは、労災保険と公的年金です。加害者の弁済自賠責保険から支払われた損害賠償額加害者側の任意保険会社からの支払い労災保険給付と損害費目との対応関係国民年金・厚生年金と損害費目との対応関係加害者の弁済加害者からの弁済は、弁済の趣旨によりますが、全損害への填補の趣旨の場合は、全損害から控除されます。自賠責保険から支払われた損害賠償額自賠責保険から支払われた損害賠償額は、人的損害に対するものです。物的損害には填補されないので、物損からは控除されません。人損については、いかなる損害名目で支払われたとしても、人損の全損害から控除されます。加害者側の任意保険会社からの支払い任意保険会社からの支払いのうち、対人分は人損全体から、対物分は物損全体から控除されます。労災保険給付と損害費目との対応関係保険給付の種類ごとに、控除できる損害費目との対応関係があります。損害費目労災保険給付( )内は通勤災害の場合治療関係費療養補償給付(療養給付)休業損害休業補償給付(休業給付)傷病補償年金(傷病年金)後遺障害逸失利益障害補償給付(障害給付)※7級以上は年金、8級以下は一時金将来介護費介護補償給付(介護給付)死亡逸失利益遺族補償給付(遺族給付)※扶養家族ありは年金、扶養家族無しは一時金葬儀費用葬祭料(葬祭給付)慰謝料なし注意損害費目の慰謝料に対応する労災保険給付はありません。特別支給金は、労働福祉事業の一環として支給されるため、損害額から控除されません。休業補償給付・休業給付、傷病補償年金・傷病年金、障害補償給付・障害給付は、「休業損害と後遺障害逸失利益の合計」が控除対象の損害費目です(最高裁判決・昭和62年7月10日)。国民年金・厚生年金と損害費目との対応関係年金の種類ごとに、控除できる損害費目の対応関係があります。国民年金損害費目国民年金給付後遺障害逸失利益障害基礎年金死亡逸失利益遺族基礎年金※障害基礎年金は、休業損害と後遺障害逸失利益の合計額から控除します。厚生年金損害費目厚生年金給付後遺障害逸失利益障害厚生年金死亡逸失利益遺族厚生年金※障害厚生年金は、休業損害と後遺障害逸失利益の合計額から控除します。具体的な計算例(労災保険給付との損益相殺的調整)公的保険給付との損益相殺的な調整について、具体的な計算例を見てみましょう。労災保険給付を損益相殺的調整するケースを考えます。損害労災保険給付積極損害治療費 100万円療養補償給付 100万円消極損害休業損害 100万円休業補償給付 60万円休業特別支給金 20万円精神的損害慰謝料 100万円なし被害者の過失割合が40%だったとします。加害者の過失割合は60%です。過失相殺がある場合、労災保険は先に過失相殺して、あとから損益相殺的調整をします。なお、特別支給金は損益相殺的調整の対象とはなりません。次のような計算になります。治療費100万円×0.6-100万円=△40万円(⇒ 損害賠償なし)休業損害100万円×0.6-60万円=0円(⇒ 損害賠償なし)慰謝料100万円×0.6-0=60万円(⇒ 60万円の損害賠償)損害賠償額は 60万円です。損害額と給付額をトータルで考えると間違い過失相殺後の損害額全体180万円(300万円×0.6)から、特別支給金を除く保険給付額160万円を控除して、損害賠償額を20万円と計算すると間違いです。社会保険給付には、慰謝料に対応する給付がありません。ですから、過失相殺によって慰謝料が減額することはありますが、公的保険給付との損益相殺的調整によって慰謝料が減額されることはありません。被害者の過失割合が大きい場合、社会保険給付との損益相殺的調整により、財産的損害に対する賠償額がゼロになることはありますが、その場合でも、慰謝料だけは残ります。まとめ公的保険給付との損益相殺的な調整は、損害と利益との間に同質性がある限りにおいて行われます。保険給付と同質性のない損害からは、控除することは認められません。損害と利益の同質性について、積極損害・消極損害・慰謝料を区分するという基本的な枠組みは最高裁で示されましたが、その中での費目間流用、細分化については、議論があります。裁判例をふまえ個別に判断する必要がありますから、具体的な事案については、弁護士に相談することをおすすめします。交通事故による被害・損害の相談は 弁護士法人・響 へ弁護士法人・響は、交通事故被害者のサポートを得意とする弁護士事務所です。多くの交通事故被害者から選ばれ、相談実績 6万件以上。相談無料、着手金0円、全国対応です。交通事故被害者からの相談は何度でも無料。依頼するかどうかは、相談してから考えて大丈夫です!交通事故の被害者専用フリーダイヤル 0120-690-048 ( 24時間受付中!)無料相談のお申込みは、こちらの専用ダイヤルが便利です。メールでも無料相談のお申込みができます。公式サイトの無料相談受付フォームをご利用ください。評判・口コミを見てみる公式サイトはこちら※「加害者の方」や「物損のみ」の相談は受け付けていませんので、ご了承ください。【参考文献】・『要約・交通事故判例140』学陽書房 84~87ページ・『民事交通事故訴訟の実務』ぎょうせい 236~239ページ・『交通事故損害賠償法・第2版』弘文堂 253~256ページ・『交通損害関係訴訟・補訂版』青林書院 103~104ページ・『事例にみる交通事故損害主張のポイント』新日本法規 285~287ページ・『交通賠償実務の最前線』ぎょうせい 223~226ページ・『交通賠償のチェックポイント』弘文堂 205~206ページ