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加害者に対する損害賠償請求権や自賠責保険に対する被害者請求権(直接請求権)は、法律に定められた一定の期間が経過すると時効により消滅し、行使できなくなります。
ここでは、加害者に対する損害賠償請求権と自賠責保険に対する被害者請求権の時効消滅を防ぐ方法、消滅時効の更新・完成猶予について見ていきましょう。
時効の更新・完成猶予は、改正民法(2020年4月1日施行)で導入された概念で、旧民法の時効の中断・停止に当たります。
なお、時効の更新・完成猶予は、単に用語が変更になっただけではありません。どのように再構成されたのかについても、あわせて説明します。
加害者に対する損害賠償請求権の時効消滅を防ぐには、時効の完成猶予事由や更新事由が必要です。時効の完成を猶予・更新する効力を生じる原因・理由です。
時効の完成猶予とは、時効の進行を一時的に停止させること、時効の更新とは、時効の進行をリセットし改めてゼロからスタートさせることです。
交通事故の損害賠償請求権について、時効の完成猶予事由や更新事由となるものに、①裁判上の請求、②催告、③承認、④協議を行う旨の合意、の4つがあります。
このうち請求・催告・承認は、旧民法で時効の中断事由とされていたものです。協議を行う旨の合意は、新民法で新たに導入されました。
訴訟の提起、支払い督促の申立て、和解の申立て、調停の申立てなど、裁判所を介した相手への請求は、それが終了するまで、時効の完成は猶予されます。
訴えの却下や取下げ等により、権利が確定することなく裁判手続きが終了したときは、終了した時から6ヵ月を経過するまでの間は時効の完成が猶予され、その後、時効の進行が再開します。
確定判決などによって権利が確定したときは、裁判手続きが終了した時から、新たに時効が進行します(時効の更新)。判決で確定した権利の消滅時効期間は、一律10年となります(新民法169条1項)。
(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新)
1.次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から6ヵ月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
一 裁判上の請求
二 支払督促
三 民事訴訟法第275条第1項の和解又は民事調停法若しくは家事事件手続法による調停
四 破産手続参加、再生手続参加又は更生手続参加
2.前項の場合において、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。
催告とは、裁判所を通さずに、加害者や保険会社に支払いを要求することです。催告すると、催告した時から6ヵ月間は、時効の完成が猶予されます。
催告は口頭でもよいのですが、内容証明郵便(配達証明付き)により請求書を送付するのが一般的です。請求書が相手に到達したときに、効力が生じます。
なお、催告によって時効の完成が猶予されている間、すなわち、本来の時効期間満了後にされた再度の催告は、時効の完成猶予事由にはあたりません(新民法150条2項)。
これに対し、催告がなされた後、本来の時効期間満了前にされた再度の催告は、法律に明文の定めがなく解釈に委ねられます。旧民法では、最後の催告の時点から起算すべきとする見解が多数ですから、同様に、再度の催告の時から6ヵ月を経過するまでの間は、時効は完成しないとする解することになると考えられます。
催告は、時効の完成猶予の効力があるのみで、時効更新の効力はありません。時効の完成が猶予されている間に、裁判上の請求をしないと、時効は完成してしまいます。
時効直前に催告すると、その日から6ヵ月間の猶予がありますから、その間に訴訟の提起や支払命令の申し立てなどをすればよいことになります。
(催告による時効の完成猶予)
1.催告があったときは、その時から6ヵ月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
2.催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、前項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。
損害賠償義務を負う者が、債務の存在を承認すれば、承認したときから新たに時効が進行します(時効の更新)。
通常、任意保険会社は、示談前でも治療費を医療機関に支払います。治療費は損害賠償額の一部ですから、治療費の支払いは、債務の承認となり、時効の更新事由となります。したがって最後の支払をしたときから新たに時効が進行します。
また、任意保険会社から示談金額(損害賠償額)の提示があれば、これも債務の承認となり、提示があったときから新たに時効が進行します。
(承認による時効の更新)
1.時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。
2.前項の承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないこと又は権限があることを要しない。
保険会社が、過失割合を[加害者3割・被害者7割]と主張して示談交渉をしていたことをもって、損害賠償債務を負うことを認めていたとして、最終交渉日に債務承認により時効は中断しているとした事例があります(大阪地裁・平成12年1月19日)。
この事例では、加害者の代理人である保険会社が、加害者の過失割合を3割と主張していたことから、債務の存在を承認しているとされました。
しかし、加害者が無責(過失なし)を主張している場合など、示談交渉の内容によっては債務の承認にあたらない場合もありますから、注意が必要です。
改正民法では、協議による時効の完成猶予という方法が新しく導入されました。当事者間で権利に関する協議を行う旨の書面(電磁的記録を含む)による合意があった場合に、時効の完成を猶予させる制度です。
時効完成の猶予期間は、次のいずれか早い時までの間です。
(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)
1.権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、次に掲げる時のいずれか早い時までの間は、時効は、完成しない。
一 その合意があった時から1年を経過した時
二 その合意において当事者が協議を行う期間(1年に満たないものに限る)を定めたときは、その期間を経過した時
三 当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から6ヵ月を経過した時
2.前項の規定により時効の完成が猶予されている間にされた再度の同項の合意は、同項の規定による時効の完成猶予の効力を有する。ただし、その効力は、時効の完成が猶予されなかったとすれば時効が完成すべき時から通じて5年を超えることができない。
3.催告によって時効の完成が猶予されている間にされた第1項の合意は、同項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。同項の規定により時効の完成が猶予されている間にされた催告についても、同様とする。
4.第1項の合意がその内容を記録した電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう)によってされたときは、その合意は、書面によってされたものとみなして、前三項の規定を適用する。
5.前項の規定は、第1項第三号の通知について準用する。
合意によって時効の完成が猶予されている間に、再度、合意がなされたとき、この合意は、時効完成猶予の効力を生じ、さらに時効の完成を猶予させることができます。
合意により時効の完成が猶予された期間を経過しても解決する見込みがない場合は、その期間経過前に、再度の合意をしておく必要があります。
ただし、その期間は、通算で5年を超えることはできません。
第3項の「催告によって時効の完成が猶予されている間」とは、本来の時効期間の満了時よりも後という解釈を前提としています。
(※法制審議会民法(債権関係)部会 第92回会議 議事録 22ページ)
つまり、第3項が意味することは、催告を先行させた場合の協議の合意が、時効の完成猶予の効力を有しないというものではなく、本来の時効期間の満了時よりも前に協議の合意をしておかなければ、時効の完成猶予の効力が生じないというものです。逆に、協議の合意が先行した場合も同様です。
ケースごとにまとめると、次のようになります。
催告がなされた後、時効の完成が猶予されている間(=本来の時効期間満了後)に、協議を行う旨の合意をしても、時効の完成猶予の効力は有しません。
催告がなされた後、本来の時効期間満了前に協議を行う旨の合意をした場合は、合意による時効の完成猶予期間満了日を経過した時か、催告の時から6ヵ月を経過した時の、いずれか後に到来する時点まで、時効の完成が猶予されます。
協議による時効の完成猶予の合意がされた後、時効の完成が猶予されている間(=本来の時効期間満了後)に催告がなされても、時効の完成猶予の効力は有しません。
協議による時効の完成猶予の合意がされた後、本来の時効期間満了前に催告がなされた場合は、合意による時効の完成猶予期間満了日を経過した時か、催告の時から6ヵ月を経過した時の、いずれか後に到来する時点まで、時効の完成が猶予されます。
「権利についての協議を行う旨の合意」には、権利の一部または全部の承認を要しません。したがって、損害賠償について協議を行う旨の合意が書面でなされたとしても、相手が賠償義務を承認したことにはなりません。
消滅時効は、請求権単位で進行します。加害者に対する損害賠償請求権の消滅時効と、自賠責保険に対する被害者請求権の消滅時効は、別個に進行します。
加害者に対する損害賠償請求権と自賠責保険に対する被害者請求権は、それぞれに時効の更新・完成猶予の手続きが必要です。
被害者請求権の主な時効更新(中断)事由は、次の通りです。
①②については、例えば、後遺障害による損害について被害者請求し、自賠責保険から後遺障害に該当するとして保険金が支払われた場合は①に該当し、後遺障害非該当として被害者に自賠責保険金の支払不能通知がなされた場合は②に該当します。
①は保険金支払い日の翌日から、②は支払い不能通知の日の翌日から、新たに時効が進行します。
③については、時効完成前に、時効更新(中断)申請書を自賠責に提出し、時効更新(中断)の承認をもらえば、時効は更新され、その承認日の翌日から、新たな時効が進行することとなります。
実務上は、従来より、保険会社に時効中断申請書を提出すれば、ほぼ無条件で受理・承認され、時効が更新する取扱いです。
時効の更新は、自賠責保険会社が承認すれば、何度でも可能です。
人身事故の場合、加害者に対する損害賠償請求権の消滅時効は5年ですが、自賠責保険に対する被害者請求権の消滅時効は3年です。
自賠責保険に対する被害者請求権の時効更新の手続きは難しくありませんが、3年で請求権は時効消滅しますから、気がついたら時効で請求できない、などとならないように注意が必要です。
相手方任意保険会社が一括対応を行っている間は、被害者請求権の時効は進行しない取り扱いとなっています。
一括対応を中止した翌日から、時効が起算されます。
改正民法では、従前の「時効の中断・停止」が「時効の更新・完成猶予」へと概念の整理がされました。
ここからは、旧民法の「時効の中断・停止」と、新民法の「時効の更新・完成猶予」との違いについて見ていきましょう。
旧民法における時効の中断・停止は、次のようなものです。
時効の中断とは、法定の中断事由があったときに、それまでに経過した時効期間がリセットされ、改めてゼロから起算されること。その事由が終了した時から新たな時効期間が進行する。
時効の停止とは、時効が完成する際に、権利者が時効の中断をすることに障害がある(裁判上の請求等ができない状態にある)場合に、その障害が消滅した後一定期間が経過するまでの間、時効の完成を猶予するもの。
(参考:法務省民事局「民法(債権関係)の改正に関する説明資料」)
消滅時効の中断は、「時効の完成猶予」と「新たな時効の進行(時効期間のリセット)」という2つ効果がありながら、それを同一の用語で表現するため、概念として不明確でした。
それぞれの効果の内容も発生時期も異なることから、新民法では、新たに時効の完成猶予と更新という概念を用いて整理し直されました。
なお、時効の停止の効果は、完成の猶予です。停止についても、中断の見直しとあわせて整理され、完成猶予に変更になりました。
それでは、時効の中断が、新民法ではどのように変更になったのか、見ていきましょう。
旧民法では、時効は次の場合に中断するとされていました(旧民法147条)。法定時効中断事由と呼ばれます。
新民法では、中断事由ごとに、その効果に応じて、時効の完成を猶予する部分は完成猶予事由、時効期間をリセットし新たに時効を進行させる部分は更新事由、と振り分けました。
旧民法の中断事由 | 新民法 |
---|---|
裁判上の請求 |
完成猶予事由+更新事由 |
仮差押え・仮処分 |
完成猶予事由 |
承認 |
更新事由 |
例えば、旧民法で時効の中断事由とされていた裁判上の請求は、新民法では「裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新」と規定されました(新民法147条)。
上で引用している新民法147条をご覧ください。第1項で時効の完成猶予事由について定め、第2項で時効の更新事由を定めています。
裁判上の請求をしている間は、時効が完成しません。本来の時効期間が満了しても、時効の完成が猶予されます。
裁判上の請求について、訴訟を取り下げるなどして権利が確定することなく終了した場合は、その終了の時から6ヵ月間は時効が完成しません。本来の時効期間が満了しても、時効の完成が猶予されます。
確定判決等によって権利が確定したときは、裁判上の請求が終了した時から、新たに時効が進行します(時効の更新)。
この「完成猶予+更新」の類型としては、強制執行等(新民法148条)があります。旧民法の「差押え」(旧民法147条2号)が、これに該当します。
「仮差押え又は仮処分」(旧民法147条2号)は、完成猶予事由となりました(新民法149条)。これらは本訴等を予定する暫定的な手続きなので、本訴提起まで完成猶予を認めればよいという考えです。
新民法では、新しく協議による時効完成猶予の制度が創設されました(新民法151条)。
これまでは、当事者が裁判所を介さずに紛争解決に向け協議をし、解決策を模索している場合でも、時効完成の間際になれば、時効の完成を中断するために訴訟を提起しなければなりませんでした。
これでは、紛争解決の柔軟性や当事者の利便性を損ないます。そこで、当事者の負担軽減と協議による紛争解決の促進のため、当事者間で協議を行う旨の合意がされたときは、時効の完成が猶予される制度が導入されたのです。
示談交渉やADR手続において、時効の完成猶予の効力を生じさせることができます。
加害者に対する損害賠償請求権と自賠責保険に対する被害者請求権が時効により消滅するのを防ぐためには、それぞれの請求権につき、時効の完成猶予・更新の手続きが必要です。
一方の請求権について時効の更新・完成猶予の手続きをすれば、その効力が他方の請求権にも及ぶ、というわけではありません。それぞれ別個に手続きが必要です。
自賠責保険に対する被害者請求権は、自賠責保険会社に時効更新申請書を提出し承認されれば、時効が更新されます。
加害者に対する損害賠償請求権の消滅時効の完成猶予・更新には、①裁判上の請求、②催告、③承認、④協議を行う旨の合意、の4つの方法があります。協議を行う旨の合意によって時効の完成が猶予される制度は、改正民法で新しく導入されました。
時効が迫っている場合は、できるだけ早く弁護士に相談することが大切です。
弁護士法人・響は、交通事故被害者のサポートを得意とする弁護士事務所です。多くの交通事故被害者から選ばれ、相談実績 6万件以上。相談無料、着手金0円、全国対応です。
交通事故被害者からの相談は何度でも無料。依頼するかどうかは、相談してから考えて大丈夫です!
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【参考文献】
・法務省民事局「民法(債権関係)の改正に関する説明資料」 1~11ページ
・『交通賠償実務の最前線』ぎょうせい 443~454ページ