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治療費等の損害賠償には、医学的な見地からの診断が必要ですが、接骨院や整骨院の柔道整復師は、医師ではないため、医学的見地からの診断ができません。
そのため、交通事故で接骨院・整骨院へ通う場合は、整形外科医師による医学的な見地からの診断が重要となります。接骨院や整骨院で施術を受けることにつき医師の指示があると、施術が治療の一環とみなされ、施術費を治療費とみなされやすくなります。
ここでは、接骨院や整骨院の柔道整復師が行える施術の範囲や医師との関係について、損害賠償の実務で、どのように考えられているか、まとめています。
「医師の治療」と「柔道整復師の施術」の違いについて、東京地裁判決(平成14年2月22日)において、次のような指摘があります。ここでは、柔道整復師としていますが、同判決では、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師も含めています。
特段の事情のない限り、その治療の必要があり、かつ、その治療内容が合理的で相当なものと推定され、それゆえ、それに要した治療費は、加害者が当然に賠償すべき損害となる。
その施術を行うことについて医師の具体的な指示があり、かつ、その施術対象となった負傷部位について医師による症状管理がなされている場合、すなわち、医師による治療の一環として行われた場合でない限り、当然には、その施術による費用を加害者の負担すべき損害と解することはできない。
つまり、医師の治療は「必要性・合理性・相当性が推定される」ので、その治療費は、加害者が賠償すべき損害として原則認められるのに対して、柔道整復師の施術費は、「医師による治療の一環として行われた場合」という条件付きで認められるということです。
もちろん現実には、医師の治療であっても、無条件に治療費の全額が認められるわけではありません。保険会社は「必要かつ妥当な範囲」しか支払いません。また、保険会社が一方的に治療費の支払いを打ち切ることはよくあります。
しかし、損害賠償の実務においては、医師の治療費は原則認めるが、柔道整復師の施術費は条件付きで認めるという違いがあるのです。その条件とは「医師による治療の一環として行われる場合」ということです。
なぜ、このような差が生じるのでしょか?
それは、柔道整復師による施術は、医師の治療のように「必要性・合理性・相当性を推定できない」からです。同判決は、その理由として次の点を挙げています。
(参考:東京地裁判決・平成14年2月22日)
柔道整復師の施術は、医師の治療と違い限定されています。レントゲンやMRIなど画像診断もできません。医師ではありませんから、医学的な見地から総合的な判断ができません。
一方で、施術の技術や方法が多様で、症状の見方にも個人差があります。施術費も、報酬規定がないため目安がありません。
こうしたことから、条件付きで施術費を損害として認めるという扱いがされているのです。
もちろん、医師の指示がなくても、施術により症状が軽減するなどの効果が認められる場合は、施術の必要性が認定されるべきものです。
しかし、そのためには、施術の必要性・合理性・相当性・有効性を立証しなければなりません。仮に施術費が認められたとしても、その何割かを事故と相当因果関係のある損害と認定されることが多く、施術費の全額が認められるのは稀です。
そもそも、接骨院や整骨院の柔道整復師の業務とは、どのようなものなのでしょうか?
柔道整復師について定めた法律は、柔道整復師法です。柔道整復師法は、昭和45年に議員立法により制定された法律です。
実は、柔道整復師の業務の範囲について、柔道整復師法には明確に定められていません。柔道整復の定義規定すらないのです。
このことについて、国会で厚生労働省の医政局長が次のように答弁しています。
法律には、柔道整復の定義を定める規定はございません。
議員立法ということで出されて、全会一致で可決したという記録のみ残っておりますので、どのような定義づけがなされていたかということは、残念ながら承知しておりません。
(平成16年3月1日・衆院予算委員会第5分科会での厚生労働省医政局長答弁)
それでは、柔道整復師の業務について、法律でどのように定めているのでしょうか?
柔道整復師法では「柔道整復師とは、厚生労働大臣の免許を受けて、柔道整復を業とする者をいう」(第2条)とし、柔道整復師の業務について、次の3つの規定があるだけです。
このように、法律上、柔道整復師の医学的業務範囲の規定はないに等しいのです。
柔道整復師の業務の範囲について、法律には明確な規定がないのですが、根拠とされているのは、昭和45年の柔道整復師法の提案理由説明です。
「その施術の対象ももっぱら骨折、脱臼の非観血的徒手整復を含めた打撲、捻挫など、新鮮なる負傷に限られている」
(昭和45年3月17日衆院本会議 柔道整復師法の提案理由説明より)
柔道整復師法が制定されるまでは、あんま・マッサージ・はり・きゅう・柔道整復等営業法として1つの法律でした。それが昭和45年に柔道整復業に関する部分を分離して、単独法として柔道整復師法が制定されました。
柔道整復技術が、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等とは異なるというのが理由です。あんま・マッサージ・はり・きゅうが、慢性的に起きる病態を対象とするのに対して、柔道整復師が対象とするのは、骨折・脱臼・打撲・捻挫といった、スポーツや事故などによる急性の傷害だからです。
つまり、柔道整復師の業務の範囲は、骨折・脱臼・打撲・捻挫など、負傷原因のはっきりしている急性の傷害です。
柔道整復施術の保険対象(療養費の支給対象)は、平成9年の厚生省「留意事項通知」で示されています。
療養費の支給対象となる負傷は、急性又は亜急性の外傷性の骨折、脱臼、打撲及び捻挫であり、内科的原因による疾患は含まれないこと。
(平成9年4月17日・厚生省保険局医療課長通知「柔道整復師の施術に係る療養費の算定基準の実施上の留意事項等について」より)
この平成9年の厚生省通知によると、健康保険等を使って柔道整復施術を受ける場合、保険から療養費の支給対象となるのは、「急性または亜急性の外傷性の骨折、脱臼、打撲、捻挫」となります。
この内容は現在も生きていますが、通知が出された当時から、整形外科医師からは「亜急性の外傷」が問題視されていました。外傷はすべて「急性」であり、「亜急性の外傷」は医学的にあり得ないからです。
「亜急性」というのは、医学的には傷病の時間的経過を指します。受傷時から順に急性・亜急性・慢性として使われます。「亜急性」は、急性と慢性の間の時期、つまり「亜急性期」と表記されるのが一般的です。
一方、柔道整復学では、亜急性を時間軸で考えません。
亜急性外傷とは、亜急性期(急性期、亜急性期、慢性期というふうに受傷からの期間によって分類している)の外傷という意味ではなく、外傷を起こす原因として急激な外力より起こる急性外傷に準ずるもので、軽度な外力でも反復や持続した外力により、急性外傷と同様に軟部組織などの損傷が見られる外傷を指すものです。
(公益社団法人・栃木県柔道整復師会HPより)
「亜急性」「外傷性」の定義については国会でも質問主意書が提出され、次のような政府答弁書が出されました。
亜急性とは、身体の組織の損傷の状態が急性のものに準ずることを示すものであり、外傷性とは、関節等の可動域を超えた捻れや外力によって身体の組織が損傷を受けた状態を示すものである。
(平成15年1月31日・参院・政府答弁書より)。
ただ、この説明では、亜急性が、受傷からの時間的経過を指すものなのか、軽度な反復・持続した外力によるものなのか、明確ではありません。
柔道整復施術の保険適用範囲を広げることは、接骨院や整骨院にとっては死活問題であり、もちろん患者にとってもメリットがあることです。そのため、厚労省はファジーなままにしてきたのかもしれません。
しかし、厚労省の見解は明瞭なのです。この平成15年の答弁書以前の国会答弁で「急性期のもの」とはっきり答えています。
柔道整復で保険の対象になりますのは、骨折それから脱臼、打撲、捻挫の4つの外傷性の疾患でございます。このうち、骨折、脱臼につきましては医師の同意が必要である、こういうことになっているわけでございます。
こういった一定の条件を満たす場合だけ療養費の支給対象になるわけでございまして、捻挫とか打撲というのを、いつの時点での打撲とかなんとかというのは確かに判定しがたいわけでございますけれども、制度の趣旨からいたしますと、当然のことながら急性期のものであると、こういうふうに私どもは理解いたしているわけでございまして、そうであるかないかという個々の認定というのは別にいたしまして、そういう考え方を持っているわけでございます。
(平成12年11月16日・参院・国民福祉委員会での厚生省保険局長の答弁より)
一方、「亜急性」について、厚生労働省の社会保障審議会医療保険部会・柔道整復療養費検討専門委員会で議論がなされ、平成29年3月21日の同専門委員会で、「留意事項通知」の改正案が示されました。
現行 | 療養費の支給対象となる負傷は、急性又は亜急性の外傷性の骨折、脱臼、打撲及び捻挫であり、内科的原因による疾患は含まれないこと。 |
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改正案 | 療養費の支給対象となる負傷は、負傷の原因が明らかで、身体の組織の損傷の状態が慢性に至っていない急性又は亜急性の外傷性の骨折、脱臼、打撲及び捻挫であり、内科的原因による疾患は含まれないこと。 |
厚生労働省の保険医療企画調査室長は、「急性、亜急性、慢性と時期の問題として分けた場合に、その急性、亜急性であるということを、この通知の改正案で明確にしたい」と説明しています(平成29年3月21日柔道整復療養費検討専門委員会議事録より)。
これにより、亜急性が受傷からの時期の問題であり、慢性に至っていない外傷性の骨折・脱臼・打撲・捻挫が柔道整復の療養費の支給対象となることが明確となりました。
もともと柔道整復師法の提案理由説明で「新鮮なる負傷」としていたのですから、急性期の外傷が柔道整復の施術の対象としていたことは明らかです。
平成9年に当時の厚生省が「亜急性」という文言を入れたことが、複雑にしてきた元凶です。何らかの忖度があったことは容易に想像できます。
その後、国会の答弁書で亜急性を定義づけたことにより、亜急性という文言を外せなくなってしまったと考えられます。
いずれにしても、「亜急性」については一定の決着を見ました。
問題は「留意事項通知」の改正が、交通事故の場合における保険会社からの施術費の支払いに与える影響です。「留意事項通知」は、社会保険からの療養費の支給に関するものですが、自賠責保険の施術費の支払いにも影響するでしょう。
これまでも損保会社は、施術費の支払いには厳しかったのですが、亜急性の判断も絡み、ますます厳しくなることが予想されます。裁判になれば、より厳格に審理されることになるでしょう。
損保会社から施術費の支払いを打ち切られた場合、これまでは健康保険などを利用して一部負担で施術を受けることができたようなケースも、これからは全額自己負担となることも予想されます。
また、「留意事項通知」の改正案には、「負傷の原因が明らかで」という文言が盛り込まれました。事故との相当因果関係のある部位の施術に、これまで以上に限定されてくることが考えられます。
接骨院や整骨院での施術が長期化する場合は、これまで以上に注意が必要です。医師の指示のもと施術を受けることが、正当な損害賠償を得る上で、ますます大切になってきます。
接骨院や整骨院で骨折や脱臼の患部に対する柔道整復施術を受ける場合は、医師の同意が必要ですから、注意してください。これは、法律で定められています(柔道整復師法第17条)。
骨折や脱臼の患部に対する施術を整骨院や接骨院で受ける場合は、診断書や紹介状などで、医師が柔道整復による施術に同意したことを明らかにする必要があります。
柔道整復師法第17条
柔道整復師は、医師の同意を得た場合のほか、脱臼または骨折の患部に施術をしてはならない。ただし、応急手当をする場合は、この限りでない。
例外とされている「応急手当」とは、「骨折または脱臼の場合に、医師の診断を受けるまで放置すると、生命または身体に重大な危害をきたす恐れのある場合に、柔道整復師がその業務の範囲内において患部を一応整復する行為」(日本整形外科学会『医業類似行為関連Q&A』)です。
なお、実際に骨折・脱臼で接骨院や整骨院にかかっているケースはほとんどありません。厚生労働省の調査(平成24年10月サンプル調査)によると、柔道整復に係る療養費の負傷種類別の支給額割合は、骨折・脱臼はわずか0.6%、打撲が29.9%、捻挫が69.5%です。
骨折・脱臼は、医療機関で正しい診察・検査・診断の上で治療しなければ、大きな障害を残す危険性があります。もし、骨折や脱臼の恐れがある場合は、接骨院や整骨院でなく、必ず整形外科を受診することが大切です。
「整形外科より接骨院や整骨院がいい」という方もいるでしょう。確かに接骨院や整骨院の方が丁寧に診てくれるし、通いやすいというメリットはあります。
しかし、交通事故の場合は損害賠償が絡みます。損害賠償の世界では、東洋医学は西洋医学に比べて、低く扱われる傾向があるのです。
整形外科医師の指示のもと、接骨院や整骨院に通う方が損害賠償を受けられやすいので、まず、整形外科を受診して、医師の指示・承諾を得て、治療の一環として接骨院や整骨院に通うことをおすすめします。
なお、損害賠償の面からだけでなく、頸椎捻挫の症例の中には脳脊髄液減少症を発症することもありますから、医師による正確な診断が絶対に必要です。
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