自動車の借主が起こした交通事故で貸主の運行供用者責任を問える?

自動車の借主が起こした交通事故で貸主の運行供用者責任を問える?

交通事故の相手が、知人から借りた自動車を運転中だった場合、直接の加害者である運転者のほか、加害車両の貸主・所有者の責任を問い、損害賠償請求できるか?

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交通事故の相手は、知人から借りた自動車を運転中でした。相手の運転者が話にならないので、車の所有者に対して損害賠償請求を考えています。車の貸主の責任を問い、貸主に損害賠償請求できますか?

家族や友人から借りた自動車を運転中に交通事故を起こした場合、車の貸主(持主)は、原則として「運行供用者責任」を負います。

 

したがって、直接の加害者である運転者のほか、車の貸主に対しても損害賠償請求できます。

 

ただし、使用貸借の具体的な事実関係によっては、貸主の運行供用者責任が否定される場合があります。判断が難しいケースがあるので、弁護士に相談することをおすすめします。

 

貸主の損害賠償責任 2つのポイント
  • 家族や知人に車の使用を許諾した場合は、原則として、貸主は運行供用者責任を負います。
  • 使用貸借の具体的な事実関係によっては、貸主の運行供用者責任が否定される場合があります。

 

詳しい解説

さらに詳しく見ていきましょう。

 

家族や友人に自動車を無償で一時的に貸した貸主の損害賠償責任

加害車両の貸主(所有者)が、自賠法(自動車損害賠償保障法)第3条に定める運行供用者に該当すれば、貸主に対し損害賠償請求できます。

 

運行供用者というためには、事故時の加害車両の運行について、運行を支配し、かつ、運行の利益が帰属していなければなりませんが、貸主が運行支配・運行利益を有していたことを、損害賠償請求する被害者の側が立証する必要はありません。

 

貸主の側が「運行支配・運行利益を有していなかった」ことを立証しなければならず、被害者は、貸主が加害車両の所有権または使用権を有していたことを主張・立証すれば足りるとされています。

 

原則として、貸主は「運行供用者責任」を負う

家族や友人に一時的に車の使用を許諾したような場合は、貸主(所有者)に、運行支配も運行利益も残っていると考えられ、原則として、貸主は運行供用者としての責任を負うことになります。

 

家族や友人に車を貸すときは、無料で短期間だけ貸すのが普通です。

 

貸主と借主との間には緊密な人間関係があり、一定期間経過後に返還が予定され、貸主はいつでも返還を求めることができる状況にあります。そのため、貸主の運行支配は、貸出中も継続していると考えられ、さらに、貸主に経済的利益はないものの、運行利益があるとされます。

 

つまり、借りた車を運転中に交通事故を起こした場合は、運転者はもちろん、車の貸主(所有者)も運行供用者であり、事故の賠償責任を負う運行供用者が、複数存在することになります。

 

貸主は、貸した車が事故を起こしたとき、運行支配・運行利益を失っていたことを主張・立証しない限り、運行供用者責任を免れません。

 

貸主の「運行供用者責任」を問えないケース

借主が、予定の返還期限を著しく徒過して使用を継続したり、貸主に無断で第三者に転貸したような場合は、貸主の運行支配・運行利益が失われ、運行供用者責任が否定されることがあります。

 

貸主の運行供用者責任を否定した事例を紹介します。

 

貸主の運行供用者責任を否定した最高裁判例

車の所有者A(貸主)は、友人B(借主)に、2時間後に返還するとの約束で自動車を無償で貸しました。ところが、借主Bは、約束に反して自動車を返還せず使用を継続し、約1ヵ月後に自動車を運転中に事故を起こしました。

 

認定された事実関係は、こうです。

 

  • 借主Bは、もともと自動車を長期間乗り回す意図の下に、2時間後に確実に返還するかのように装い、貸主Aを欺いて自動車を借り受けた。
  • 借主Bは、返還期限を経過した後、たびたび貸主Aに電話をして、返還の意思もないのにその場しのぎの約束をして返還を引き延ばしていた。
  • 貸主Aは、借主Bから電話連絡を受けた都度、自動車を直ちに返還するよう求め、Bに使用の継続を許諾したものではなかった。

 

こうした事実関係の下では、事故当時の自動車の運行は、専ら借主Bが支配しており、貸主Aは何らその運行を指示、制御し得る立場になく、その運行利益も貸主Aに帰属していたとはいえないことが明らかであるから、貸主Aは、自賠法3条にいう運行供用者に当たらないと解するのが相当である、と判示しました。

 

最高裁判決(平成9年11月27日)

 

この裁判の原原審は、貸主が「被害届を出す」などと言って強く返還を求めていれば、借主は車を返還していた可能性があったとして、貸主の運行供用者責任を認めました。

 

それに対し、原審は、貸主は車を「だまし取られた」も同然で、借主から電話連絡がされている状況で盗難届を提出するのは困難であったとして、貸主の運行供用者責任を否定しました。最高裁も、原審の判断を是認しました。

 

原審と最高裁は、事実関係から本件は泥棒運転に近いと判断したのです。

 

この最高裁判例は、事実関係から貸主の運行供用者責任を否定しましたが、貸主が「借主の使用を黙認していた」とみられるような場合は、貸主の運行供用者責任が肯定されると考えられます。

 

貸主が運行供用者責任を負うかどうかは、使用貸借の具体的な事実関係によって決まり、個別に判断することが必要です。

 

貸主の運行供用者責任を否定した最高裁の結論に対し、所有者の回収努力が「早く返せ」というだけでは不十分であり、使用の継続を黙認していた一面も否定しがたいと、疑問を呈する指摘もあります。
(別冊ジュリスト №152『交通事故判例百選・第四版』7ページ)

貸主の運行供用者責任を否定する要素とは?

一般的に、自動車を貸与した時点では、貸主の運行供用者責任が認められます。

 

しかし、上記の最高裁判例のように、一定期間が経過した後、何らかの事情により貸主の運行支配・運行利益が失われる場合があります。

 

どのような事実があれば、貸主の「運行を指示・制御しうる立場」が失われ、貸主の運行供用者責任が否定されることになるのでしょうか?

 

この点について、山崎秀尚判事が「返還約束徒過後の貸主の運行供用者責任について」(判例タイムズ№1024)で検討しています。そのポイントをご紹介します。

 

山崎秀尚判事は、返還期限徒過後に借主が交通事故を起こし、貸主の運行供用者責任が問題になった裁判例を分析し、「貸主の責任否定要素」として次の8つを挙げ、各要素の重要度を詳細に検討しています。

 

①貸主と借主の人的関係の希薄性の程度

人的要素
②借主と運転者の不一致
③使用内容に関する欺罔行為の有無

態様的要素 貸与時
④貸主の意思と現実の使用との不一致の有無、程度

運行時
⑤返還期限徒過後の経過時間の程度
⑥借主側の運行費用の負担の有無、程度

⑦運行態様に対する貸主の指示とその違反の程度
⑧返還に対する貸主の努力の有無、程度

返還期限徒過後の事情

 

8つの「貸主の責任否定要素」のうち、重要な順序を赤数字で示しています。

 

貸主の責任否定要素の重要度の順序

貸主の責任否定要素として重要と考えられる順に見ていきましょう。

 

最も重要な要素は、「④貸主の意思と現実の使用との不一致の有無、程度」です。

 

借主と実際の使用者が異なる場合や、使用目的や使用期間が約束と違う場合などは、貸主が指示・制御できなくなることがあるからです。

 

2番目に重要な要素は、「⑧返還に対する貸主の努力の有無、程度」です。

 

返還期間を徒過したり、目的と異なった使用がなされたからといって、それだけで貸主が運行を指示・制御できなくなるわけではありません。返還手段を取りえない状況に至って初めて、指示・制御しうる立場にないといえます。

 

3番目に重要な要素は、「③使用内容に関する欺罔行為の有無」です。

 

これは、④を当初から当然に生じさせる点で重要な要素です。返還時期や使用者といった使用内容に関する欺罔は、貸主の指示・制御しうる立場に大きく影響し、貸主の運行支配・運行利益を否定する方向に働きます。

 

とはいえ、貸主が返還に対する十分な努力を尽くしたうえで、考慮される要素となります。

 

4番目は、「①貸主と借主の人的関係の希薄性の程度」です。

 

①は、そもそも貸借関係において、制御可能性がないほど人的関係が希薄ということは考えにくいので、責任否定要素としてはそれほど大きくはありませんが、制御可能性に関わる要素です。

 

5番目は、「⑥借主側の運行費用の負担の有無、程度」です。⑥は、別の観点からの判断要素で、その余の考慮材料となります。

 

なお、②、⑤、⑦は、④の程度を検討する要素として、この順に重要とされます。

 

どの要素が特に重要か?

貸主の責任否定要素として重要な順にまとめると、④、⑧、③、①、⑥の順に重要であり、④の程度を検討する要素として、②、⑤、⑦の順に重要と考えられます。

 

特に、④、⑧、③が認められれば、運行支配・運行利益を失ったとされる可能性が高いといえます。

 

④、⑧のみで運行支配・運行利益を失ったと判断されることもあり得ます。②が認められると④の評価が大きくなり、加えて⑤が相当程度大きくなれば、④と⑧のみで運行支配・運行利益を失ったと評価されることはあり得ると考えられます。

 

返還に対する貸主の努力の有無・程度

返還に対する貸主の努力が十分でない場合は、返還期限徒過後の運行を黙認・追認していたとみなされる余地があります。すなわち、貸主は、運行供用者責任を免れることはできません。この点は、被害者の側からすれば重要です。

 

どこまで努力すればよいかは、他の要素との関係で異なります。しかし、基本的には、人的関係を通じての追跡が困難となっただけでは足りず、警察に届けるか、少なくとも届出をしようと相談した程度の行動が必要と考えられます。

 

自動車を貸与する場合、見ず知らずの人に貸すことは考えにくいので、警察に届け出ることまで要求するのは酷ではないか、という意見もありますが、貸主が運行供用者責任を負うか否かは、被害者にとっては自賠責保険金が支払われるか否かの問題です。

 

自賠責保険制度は、そもそも被害者保護を目的としています。その政策的観点からすると、貸主の積極的な努力が要求されるのは当然でしょう。

まとめ

自動車の貸主は、原則として運行支配・運行利益を失いません。つまり、貸主には、原則として運行供用者責任があります。

 

約束していたのと使用目的が違い、返還期限を著しく超えたからといって、ただちに貸主の責任が否定されることはなく、貸主が借主の運転を排除するための措置をとって初めて、その責任を免れると考えられます。

 

貸主の運行供用者責任が否定されるケースは多くありませんが、使用貸借の具体的事情によっては、貸主の運行支配・運行利益が失われていたと判断され、運行供用者責任が否定されることもあります。

 

貸主の運行供用者責任を問えるかどうかどうかは、具体的な事実関係をふまえて個別に判断する必要があります。判断が難しい場合は、弁護士に相談するとよいでしょう。

 

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関連

 

 

【参考文献】
・『交通事故損害賠償法 第2版』弘文堂 39~41ページ
・『交通事故の法律知識 第4版』自由国民社 18ページ
・『交通事故と保険の基礎知識』自由国民社 72~73ページ
・『判定タイムズ№1024』 30~39ページ
・別冊ジュリスト№152『交通事故判例百選 第4版』 6~7ページ
・別冊ジュリスト№233『交通事故判例百選 第5版』 4~5ページ

公開日 2020-01-27 更新日 2024/03/28 13:25:41