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会社役員の休業損害や逸失利益の算定にあたっては、名目的な役員報酬額をそのまま損害算定の基礎収入とせず、役員報酬のうち労務対価部分のみを基礎収入とします。
役員報酬のうち労務対価部分がどれだけか、その範囲の立証がポイントです。
会社役員の役員報酬には、「労務対価部分」と「利益配当部分」があり、逸失利益が認められるのは、労務対価部分です。
利益配当部分は、不労所得であり、その地位にある限り事故による収入減はないと考えられ、原則として逸失利益は認められません。
もっとも、事故の後遺症が原因で役員を解雇されたり、死亡して利益配当部分が遺族に承継されない場合は、利益配当部分も逸失利益となります。
役員報酬 |
労務対価部分 ⇒ 逸失利益となる |
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※広い意味での逸失利益には、休業損害も含まれます。
こうした点について、東京地裁が、判決の中で次のように指摘しています。
「会社役員の報酬中には、役員として実際に稼働する対価としての実質をもつ部分と、そうでない利益配当等の実質をもつ部分とがあるとみるべきところ、そのうち後者については、傷害の結果役員を解任される等の事情がなく、その地位に留まるかぎり、原則として逸失利益の問題は発生しないものと解される」
したがって、会社役員の休業損害や逸失利益の請求では、役員報酬のうち労務対価部分がいくらか(どの程度占めているか)の立証が、ポイントとなるのです。
それでは、役員報酬のうち労務対価部分をどのように判断するのでしょうか?
役員報酬のうち労務対価部分がどれくらいかは、次のような要素を総合的に考慮し、個別具体的に判断されます。
など。
(参考:『赤い本2005年版』)
大切なのは、いずれか1つの要素だけで判断するのでなく、すべてを考慮して、総合的に判断することです。
それぞれの判断要素について、具体的に見ていきましょう。
まず、会社の規模(同族会社か否か)、会社の利益状況から、どう判断するかです。
一部上場企業のような大企業のいわゆるサラリーマン重役の場合は、役員報酬の全額が労務対価部分と評価できる場合が多いとされています。
中小の同族企業の親族役員の場合は、役員報酬に利益配当部分も含まれているのが一般的です。ただし、他の要素を考慮すれば、報酬全額を労務対価相当と評価できる場合もありますから、総合的に判断することが大切です。
上場企業の取締役(男性・58歳)につき、63歳までの5年間、報酬全額を基礎収入として逸失利益を算定。
(大阪地裁判決・平成10年6月24日)
建物解体工事を行う会社の代表につき、個人会社で、その職務内容も肉体労働が多いこと等から、役員報酬全額を労務の対価と認定。
(千葉地裁判決・平成6年2月22日)
父親が経営する印刷会社の監査役(30歳)につき、会社の中心的な働き手として稼働していることから、事故前年の年収全額を基礎収入として認定。
(東京地裁判決・平成13年2月16日)
会社の利益状況を判断要素とする場合、被害者である当該役員の稼働状況との関係で、事故前後の収益の推移が重要です。
事故後、当該役員が稼働できなくなった期間に会社の収益が悪化した場合は、当該役員の稼働が会社の収益に貢献しているといえるので、報酬のうち相当部分を労務対価と認められます。
収益に変化がない場合は、当該役員の稼働が会社の収益に貢献しているといえず、報酬が労務対価であるとは認められません。報酬の相当部分を利益配当とみなされます。
ITコンサルタントとして労務の提供をしていた会社の代表につき、受傷後、会社の売上が相当減少しているとして、事故前の年収の80%を労務対価と認定。
(横浜地裁判決・平成20年8月28日)
当該役員が、従業員と同様の労働に従事しているような場合には、報酬のうち相当部分を労務対価として認められます。
名目役員に過ぎない場合には、報酬を労務対価とは認められません。
レーザー機器の開発会社の代表者につき、中心的研究者であったことや会社の規模(従業員41名)等を考慮し、事故前年の役員報酬全額を労務対価と認定。
(東京地裁判決・平成23年3月24日)
同族会社の監査役(女性・78歳)につき、名目役員の疑いを否定できないとして、監査役報酬を労務対価とは認めず、家事労働と年金収入により逸失利益を算定。
(東京地裁判決・平成12年5月24日)
当該役員の報酬が、年齢や経験年数、会社の業績等に照らし、一般の基準より高額である場合は、報酬中に利益配当部分が含まれていると判断されます。
例えば、代表取締役の子である取締役が、若年で経験が浅いにもかかわらず、高額の役員報酬を得ているような場合には、その役員報酬中には相当の利益配当部分が含まれ、労務対価部分の割合は低いと判断されます。
ただし、一般の基準より報酬が高額であっても、当該役員の稼働状況や会社の収益への貢献度を考慮し、特段高額とはいえない場合は、報酬中の相当部分が労務対価部分と判断されます。
年齢や経歴からみて役員報酬額が高額であるかどうかを見極める方法として、賃金センサスを参照する裁判例も多いようです。
専務取締役である被害者(代表取締役の娘婿)につき、休業期間中は給料が支払われず、復職後は力仕事ができないことから給料が半減、賃金センサスと比較しても事故前の収入は高額とはいえないことから、全額を労務の対価と認定。
(神戸地裁判決・平成12年2月17日)
当該役員と他の役員・従業員との職務内容にほとんど差異がないにもかかわらず、当該役員の報酬額が、他の役員・従業員の報酬や給与より相当高額である場合は、その差額のうちの相当部分は労務対価性がないと判断されます。
貴金属卸会社の代表取締役につき、同人の報酬が他の役員の報酬や従業員の給与と比べ突出していることから、賃金センサスも考慮して、報酬の60%の限度で労務対価性を認定。
(東京地裁判決・平成12年8月31日)
事故後、当該役員が稼働できなかった期間に応じて、役員報酬が支払われなかったり減額された場合、支払われなかった全額ないし相当部分につき、労務対価性があると判断できます。
事故後、当該役員が稼働できない期間中も、減額はあるものの相当額の報酬が支給されていたり、復帰後、業務量が減少したにもかかわらず事故前と同額の報酬が支給されている場合には、報酬のうち一定部分が利益配当部分と判断されます。
月額30万円の報酬を受けていた代表取締役が、事故後3ヵ月間は報酬支払いを受けていなかった場合について、全額労務対価性を有すると認定。
(名古屋地裁判決・平成15年1月17日)
役員報酬のうち労務対価部分がどの程度かについては、上で挙げた5つの要素を総合的に判断しますが、ひとくちに役員といっても、個人企業の社長から、中小企業のオーナー社長や役員、大企業の雇われ役員まで様々で、報酬の実態も異なります。
そこで、労務対価部分の判断にあたっての大まかな目安や考え方について、役員別にご紹介しておきましょう。
個人企業の社長の場合、実態は個人営業主と変わりません。社長等の役員報酬のうち労務対価部分を基礎収入として逸失利益を算定します。
中小企業の経営者の報酬には、労務対価部分のほか利益配当部分が含まれます。ですから、逸失利益算定の基礎となる収入は、労務対価部分に限られます。
ただし、事故による休業の結果、役員を解任された場合や、事故で死亡し、親族間の争いなどによって相続人が経営権を引き継げなかった場合は、本人や相続人が利益配当部分を失うことになるので、役員報酬全額を基礎収入として、逸失利益を算定できます。
労務対価部分がどの程度かについては、当該役員の職務内容、法人の収益、従業員給料の支給状況、類似法人の役員報酬の支給状況などを検討し、役員報酬の何割に当たるかを判断します。
職務内容などから、報酬全額が労務対価部分と認められる場合は100%とできます。他の従業員と同じように働き、報酬額も従業員給与と大差のないような場合は、少なくとも他の従業員の給与相当部分については、労務対価性を有すると判断されるでしょう。
経営者の親族の役員報酬額は、従業員から役員になった者より高額であることが多く、報酬に利益配当部分が含まれていると考えられるので、基礎収入額の算定方法は、経営者の場合と同じとされます。
中小企業で現実に業務に従事していない名目的役員の場合は、働かずに報酬を得ているので労務対価部分はゼロ。逸失利益算定の基礎収入とはできません。
ただし、妻が、夫の会社の名目的役員となっているような場合には、主婦としての逸失利益は認められます。
中小企業に長年勤務してきた従業員が役員になった場合は、経営者やその親族の役員報酬と比べて低額であることが多く、役員報酬に利益配当部分が含まれていることはありません。
この場合、役員報酬の全額が、労務対価部分と認められます。
一部上場企業など大企業のサラリーマン重役の場合は、役員報酬は相当高額ですが、報酬全額が労務対価部分と認められます。
取締役、常務取締役、専務取締役、代表取締役など、役職ごとに定年制が敷かれている場合、役員報酬の全額が得られる就労可能年数は、定年までの年数とします。
役員報酬のうち逸失利益として認められるのは、原則として労務対価部分です。利益配当部分は除外されます。
ただし、事故が原因で役員を解任されたり、相続人が会社の経営権を承継できなかった場合は、利益配当部分も含む役員報酬全額を逸失利益算定の基礎収入とすることができます。
役員報酬中の労務対価部分の認定は、相当に裁量的なものとなります。
傾向としては、いわゆるサラリーマン重役については、全額が労務対価部分と認定されるのが通常ですが、企業のオーナーや親族役員については、報酬中に一定の利益配当部分が含まれていると評価されることが多いようです。
役員報酬の労務対価部分をどう判断するかは難しい問題がありますから、交通事故の損害賠償請求に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。
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休業損害や逸失利益の計算方法は、次のページをご覧ください。
【参考文献】
・大工強「役員の休業損害及び逸失利益の算定」(判例タイムズ№842)
・『交通事故損害賠償法 第2版』弘文堂 148~152ページ
・『新版 交通事故の法律相談』学陽書房 190~191ページ
・『事例にみる交通事故損害主張のポイント』新日本法規 99~104ページ
・『要約 交通事故判例140』学陽書房 127ページ
・『プラクティス交通事故訴訟』青林書院 186~189ページ
・『交通賠償のチェックポイント』弘文堂 94~96ページ