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交通事故で頭部外傷を負い、意識を失っている期間が一定期間あると、治療をして回復する過程で、認知障害や行動障害、人格障害といった症状が発生することがあります。このような症状を総称して高次脳機能障害と呼んでいます。
ここでは、脳外傷による高次脳機能障害とはどのような後遺障害か、そもそも高次脳機能とは何か、高次脳機能障害の特徴的な症状および発生の仕方について、分かりやすく解説します。
あわせて、2025年12月に成立、2026年4月1日施行された高次脳機能障害者支援法において、高次脳機能障害をどのよに定義しているかについても説明します。
高次脳機能障害は「器質性精神障害」とも呼ばれ、脳に何らかのダメージ(損傷、疾病)が生じることで発生する精神症状です。
「脳の障害」は、脳が器質的に損傷したことによる「器質性精神障害」および「身体性機能障害」と、脳の器質的損傷が認められない「非器質性精神障害」とに分類されます。この「器質性精神障害」を「高次脳機能障害」と呼びます。
まず、脳の構造と仕組みを簡単に見ておきましょう。
脳は、大脳、小脳、脳幹に大別されます。その主な働きは次のようなものです。

大脳は、左右の大脳半球に分かれ、脳梁と呼ばれる神経線維(軸索)の束により連絡されています。大脳半球は、4つの主要な脳葉(前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉)からなります。

また、大脳は、皮質(灰白質)と髄質(白質)の2層からなります。灰白質が脳の外側(表面)に存在し、内側の白質を取り囲んでいます。
| 皮質(灰白質) | 神経細胞体の集まっている部位 |
|---|---|
| 髄質(白質) | 神経線維(軸索)の集まっている部位 |

大脳は、情報を識別し、それに応じた運動を命じたり(一次機能)、記憶や情動、認知という高度の精神作用(高次機能)とを担当しています。
| 部位 | 働き |
|---|---|
| 前頭葉 | ものを考える・運動の指令をする |
| 頭頂葉 | ものを感じ解析する |
| 後頭葉 | 目からくる情報を取り入れて解析する |
| 側頭葉 | 記憶や音の解析をする |
筋や腱、関節からの深部感覚や内耳からの平衡感覚、大脳皮質からの情報を受けて、運動の強さや力の入れ具合、バランスなどを計算して調節するという運動調節機能を担当しています。
脳幹部は、中脳、橋、延髄から構成されており、呼吸、循環など生命活動の基本的な営みを支配するとともに、知覚情報を大脳皮質に中継したり、抹消に向かう運動指令を中継する機能を担当しています。
脳の機能には、一次的機能と高次脳機能があります。
一次的機能とは、知覚(五感を通じて知覚する)や運動(手足を動かす)といった機能です。
高次脳機能とは、一次的機能によって得た情報を蓄積した知識や記憶と関連付けて理解したり(認知)、言葉で説明したり(言語)、新たに記憶したり(記憶)、目的をもって行動したり(行為・遂行)する機能です。
| 一次的機能 |
知覚(五感を通じて知覚する) |
|---|---|
| 高次脳機能 |
認知(一次的機能によって得た情報を蓄積した知識・記憶と関連付けて理解すること) |
高次脳機能の働きを具体的に考えてみましょう。
脳は、外からの情報を受け取り、判断し、行動に移します。
例えば、道路を歩いていて車が来ているのが見えたとします。もし、車と接触しそうなら、危険を回避する行動をとるでしょう。このとき、脳はどんな働きをしているのか?
目から入った情報は、後頭葉の視覚野(目の一次感覚野)に電気信号となって到達します。このとき、近づいているものは「見えている」のですが、車と判断することはできません。

今までに知っている車の記憶を呼び出し、見えているものが記憶の中の車と近いことを確認し、車と判断します。これらの作業には、記憶を保管している部位の脳の作業と、見えたものが車だと判断する脳の部位の作業が必要です。これらの一連の作業が高次脳機能です。
記憶が保管されている場所は、一次感覚野の近くにあるとされています。判断する場所は、連合野と呼ばれます。視覚の場合は、視覚連合野と呼ばれ後頭葉にあります。
高次脳機能の働きにより「見えているもの」が車だと認識すると、別の高次脳機能の働きで「このままだと車と接触して怪我をするかもしれない」と判断し、さらに別の高次脳機能の働きで「怪我をしないよう道の端へよける」と決めます。
この判断は、前頭葉で行っており、そこから脳の前頭葉にある運動連合野に、「道の端へよける」という命令が送られます。この運動連合野から一次運動野に情報を送り、一次運動野が体の筋肉に命令を送り、「よける」という動作をするのです。
(参考:吉本智信『高次脳機能障害と損害賠償(全面改訂版)』自動車保険ジャーナル 8~9ページ)
高次脳機能の働きが分かったところで、高次脳機能障害について見ていきましょう。まず、高次脳機能障害の症状についてです。
高次脳機能障害には、脳の特定の部位が損傷し(局所性脳損傷)、その部位が担っていた機能が脱落して症状が出る巣症状と、広範囲の脳損傷(びまん性脳損傷)によって生じる症状とがあります。
脳は、部位により司る機能が異なります。これを「機能局在」といいます。脳の特定の部位が損傷され、その壊れた部位の脳の機能が脱落して症状として出るものを「巣症状」といいます。
高次脳機能障害の主な症状としては、次のようなものが挙げられます。
詳しく見ていきましょう。
失語とは、言語機能の障害です。運動性失語と感覚性失語があります。

人の脳は左右で別の機能を持ち、言語中枢のある側の脳が優位半球といわれます。右利きの人のほとんどは左脳が優位半球です。一方、左利きの人の約2/3は右脳が優位半球です。
脳の言語機能を司る部位は、利き手によって異なります。右利きの人の場合、通常、運動性失語は左前頭葉の障害、感覚性失語は左側頭葉の障害でみられます。
運動性失語と感覚性失語が混在している場合も多く、ブローカー言語中枢(言語を話すための中枢)とウェルニッケ言語中枢(言語を理解するための中枢)の両方が壊れた状態を全失語といい、言葉を理解することも話すことも、読み書きすることもできません。ただし、言語を介さない意思の疎通はできます。
失行は、手足の麻痺がない(運動機能に問題がない)のに、運動動作がきちんとできない状態です。運動失行、観念性失行などがあります。
失認は、感覚自体に異常はなく、感覚情報は脳に伝わるが、過去の記憶と照らし合わせて判断することができず、対象を認知できない状態です。それぞれの一次感覚野の近くにある二次感覚野の障害で生じます。
視覚失認、聴覚失認、触覚失認、視空間失認、半側身体失認などがあります。
地誌的障害は、よく知っている場所で道が分からなくなったり、新しい道順を覚えることが難しくなる状態です。非優位半球の頭頂葉連合野で生じます。
記憶障害は、新しいことを覚えられなくなったり、思い出すことができない状態です。
記憶を担う脳の部位ははっきりしていませんが、頭部外傷と関係が深い記憶障害については、側頭葉内側底部の海馬領域および海馬との交通の遮断により生じるとされています。
注意障害は、注意を持続できない、同時に複数の対象に注意を向けられない、注意の対象を変えられない、という状態です。注意は、上部脳幹から大脳辺縁系、前頭葉にかけて関係します。
遂行機能障害は、物事を行う上で段取りが悪かったり、臨機応変な対応ができず、物事をスムーズに行うことができない状態です。目標の設定、計画の立案、計画の実行、効率的な行動の機能が障害され、計画的に物事を進めることができません。
前頭葉または脳のびまん性の障害で生じます。
前頭連合野の障害により、活動性・自発性の低下、脱抑制、易怒性、社会性の低下などが生じます。
高次脳機能障害の発生原因としては、頭部外傷のほか、脳血管障害(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血など)、脳感染症(脳炎、髄膜炎など)、変性疾患(アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症など)などがあります。脳に損傷や機能異常をきたす疾患は、いずれも原因となり得ます。交通事故の場合は、脳外傷によることがほとんどです。
そのため、例えば、高齢者が事故後に認知機能の問題が生じた場合、それが頭部外傷によるものか、アルツハイマー病などの変性疾患によるものか、事故との因果関係が争点となります。
頭部外傷による脳損傷は、「局所性損傷」と「びまん性損傷」に分類されます。
脳の損傷が限局的で脳全体への波及が少ないものを「局所性脳損傷」といい、脳全体に損傷が波及しているものを「びまん性脳損傷」といいます。
びまん性脳損傷は、意識障害の程度と持続時間によって、「脳震盪」と「びまん性軸索損傷」に分類されます。びまん性軸索損傷は、びまん性脳損傷の重症形態であり、「昏睡が受傷直後から6時間以上持続するが、急性期の頭部CT検査などで特に脳の局所性損傷を認めないもの」と臨床上から定義されています。
頭部外傷は、ゼネレリ(Gennarelli)の頭部外傷の分類にもとづき、①頭蓋骨折、②局所性脳損傷、③びまん性脳損傷の3つに大きく分類されます。
びまん性脳損傷は、意識障害の程度と持続時間によって、「軽症脳震盪」「古典的脳震盪」「びまん性軸索損傷」に分類されます。びまん性軸索損傷は、昏睡状態の持続時間と脳幹徴候の有無により、軽症型・中等症型・重症型の3つに分類されます。
| 頭蓋骨折 |
⑴円蓋部骨折 |
|---|---|
| 局所性脳損傷 |
⑴硬膜外血腫 |
| びまん性脳損傷 |
⑴軽症脳震盪 |
(児玉南海男・佐々木富男監修『標準脳神経外科学第13版』医学書院274ページ)
局所性脳損傷による高次脳機能障害と、びまん性脳損傷による高次脳機能障害について、さらに詳しく見ていきましょう。
局所性(局在性)脳損傷による高次脳機能障害は、脳の局所が壊れて、その部位の機能障害が生じたものです。脳挫傷、脳内出血などが原因です。
局所性脳損傷は、物が頭蓋骨を貫通して脳に達して損傷したり、頭蓋骨陥没により骨が直接脳を損傷したりして発生する脳損傷をいいます。また、頭を強く打ちつけたり、強く振られたりして、頭部に急激な加速・減速運動が加わり、頭蓋骨内で脳が移動し、脳が頭蓋骨と衝突することでも生じます。

車の衝突などで頭をぶつけたとき、頭部は急停止しますが、脳は慣性によりなお動いており、それによって衝突面では陽圧、対側面では脳が前方へ移動するため、この分の脳には陰圧が加わり、脳損傷が生じます。
衝突面で生じる損傷を直接損傷、反対側で生じる損傷を対側損傷といいます。
(参考:児玉南海雄・佐々木富男監修『標準脳神経外科学第13版』医学書院 273ページ)
局所性脳損傷については、損傷部位とそれによる障害との関連性が判明していることが多いので、症状に対応する部位に損傷があるかを画像で確認することにより、器質的損傷の有無を判断することが可能です。
びまん性脳損傷は、脳全体が激しく動くことによって発生します。脳の損傷部位が限局されず、幅広い領域の神経の軸索(神経線維)が損傷している状態です。最重症形は、植物状態です。

頭部に回転加速が加わったとき、脳全体と頭蓋骨の相対的な動きの他に、脳内部の各部位間に相対的な動きが見られ、脳にひずみが生じます。このひずみは、脳全体に損傷を起こします。
脳の動きは、脳表面に近いほど大きく、中心では小さくなり、その間に段戦力(ズレ)が生じます。
(参考:児玉南海雄・佐々木富男監修『標準脳神経外科学第13版』医学書院 274ページ)
びまん性脳損傷は、意識障害の程度と持続時間によって、「脳震盪」と「びまん性軸索損傷」に分類され、びまん性軸索損傷は、びまん性脳損傷の重症形態であることは、「頭部外傷による脳損傷の分類」のところで説明したとおりです。
交通事故による高次脳機能障害で近年問題となっているのは、「びまん性軸索損傷」の場合です。ここでは、びまん性軸索損傷がどのようなもので、どのように発生するのか、詳しく説明します。
外傷時、脳は頭蓋内でかなりの歪み、ズレ、移動が生じます。その結果、大脳半球白質内の軸索が広範にわたって損傷し、神経が信号を伝達できなくなります。この病態を「びまん性軸索損傷」と呼びます。
重症頭部外傷で、頭蓋内血腫等がないのに意識障害が長く続くのは、びまん性軸索損傷が原因と考えられています。
大脳は、皮質(灰白質)と髄質(白質)の2層からなります。皮質(灰白質)は神経細胞体の集まっている部位で、髄質(白質)は軸索の集まっている部位です。灰白質が脳の外側(表面)に存在し、内側の白質を取り囲んでいます。ちなみに、脊髄では、逆に白質が外側に位置します。

びまん性軸索損傷は、脳表面には異常がなく、脳内深部の神経軸索が広範囲にわたって損傷を受けるもので、通常のMRI等の画像では直接確認することが難しいとされています。
そのため、事故による脳損傷の存在が明確でない場合もよくあり、被害者に残存した症状が事故による受傷と関係のない内因性のものではないのか、あるいは事故により発症した症状であっても脳の器質的損傷によらないもの(非器質性のもの)ではないのか、争われることがあります。

神経細胞は、細胞体と1本の神経軸索、多数の樹状突起からなり、神経細胞の電気的な活動は軸索(神経線維)、シナプス(神経細胞同士の接合部)を通じて伝達されていきます。
軸索が損傷した場合、その損傷の程度が軽ければ修復されますが、修復不能な状態であれば、その損傷は損傷部位だけでなくその周囲へと広がっていきます。これをワーラー変性といいます。
シナプスの方向へ軸索損傷が広がることをワーラー変性、細胞体の方向へ損傷が広がることを逆ワーラー変性といいます。逆ワーラー変性により損傷が細胞体にまで及ぶと、神経細胞が死滅することになります。
ワーラー変性は受傷直後から始まり、短ければ受傷から数日、一般的には3ヵ月もあれば終了するとされます(終了までの期間は軸索の長さによります)。損傷範囲が広い場合、このような時期に来れば、画像上は脳委縮として確認されることになります。
高次脳機能障害者支援法が、令和7年(2025年)12月16日成立し、令和8年(2026年)4月1日施行されました。
高次脳機能障害の患者数は全国で約23万人と推計されていますが、高次脳機能障害は外形上判断しづらく、その特性の理解も進んでいない等の理由で、患者と家族は適切な支援を受けることができず、日常生活や社会生活に困難を抱えています。
そこで、高次脳機能障害への理解を促進するとともに、高次脳機能障害者の自立及び社会参加のための生活全般にわたる支援を、どの地域でも、あらゆる段階(医療・リハビリ⇒生活支援⇒社会参加支援)で、切れ目なく受けられるようにするため、法律を制定したのです。
高次脳機能障害者支援法では、高次脳機能障害を次のように定義しています。
この法律において「高次脳機能障害」とは、疾病の発症又は事故による受傷による脳の器質的病変に起因すると認められる記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害、失語、失行、失認その他の認知機能の障害として政令で定めるものをいう。
高次脳機能障害者支援法第2条第1項の政令で定める認知機能の障害は、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害、失語、失行、失認その他の認知機能の障害(先天性疾病による認知機能の障害、周産期における胎児又は新生児が受けた脳の損傷による認知機能の障害並びに介護保険法第5条の2第1項に規定する認知症及び発達障害者支援法第2条第1項に規定する発達障害に該当する認知機能の障害を除く。)とする。
つまり、高次脳機能障害者支援法における高次脳機能障害とは、次のように定義されています。
疾病の発症または事故による受傷による脳の器質的病変に起因すると認められる記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害、失語、失行、失認その他の認知機能の障害をいいます。
ただし、「その他の認知機能の障害」に次のものは含みません。
頭部外傷による脳損傷は、局所性(局在性)損傷と、びまん性損傷に分類されます。
局所性脳損傷による障害は、損傷を受けた部位のつかさどる脳機能の障害(巣症状)として現れます。びまん性脳損傷は、脳の各部位を連結する脳神経線維まで損傷されるため、損傷部位の巣症状だけでなく、各部位のネットワークによる機能が障害されます。
交通事故後に問題となる「脳外傷による高次脳機能障害」は、局所性脳損傷による巣症状のみならず、びまん性脳損傷(特に、びまん性軸索損傷)を原因とする認知障害や情動障害を含む障害であり、様々な症状を総称するものです。
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【参考文献】
・東京都「高次脳機能障害者地域支援ハンドブック」
・東京都高次脳機能障害者実態調査検討委員会「高次脳機能障害者実態調査結果」
・吉本智信著『高次脳機能障害と損害賠償(全面改訂版)』自動車保険ジャーナル 8~150ページ
・児玉南海雄・佐々木富男監修『標準脳神経外科学第13版』医学書院 132~133ページ、272~288ページ
・高野真人編著『改訂版 後遺障害等級認定と裁判実務』新日本法規 40~50ページ
・小賀野晶一・古笛恵子編『交通事故医療法入門』勁草書房 181~192ページ
・鈴木啓太・西村裕一・木曽賢也著『Q&A交通事故の示談交渉における保険会社への主張・反論例』日本加除出版株式会社 105~106ページ
・松浦裕介・村田佳宏編著『Q&A高次脳機能障害の交通事故損害賠償実務』ぎょうせい 2~11ページ
・宇土博・MTBI広島弁護団著『むちうちで脳が傷つく』有限会社文化評論 4~32ページ
・羽成守・溝辺克己編『新版 交通事故の法律相談』青林書院 199~202ページ
・羽成守編著『新型・非典型後遺障害の評価』新日本法規 138~156ページ
・山口研一郎著『高次脳機能障害』岩波書店 1~60ページ
・第一東京弁護士会第一俱楽部編著『実例と経験談から学ぶ資料・証拠の調査と収集―交通事故編―』第一法規 98~99ページ
・小野裕樹著『被害者側弁護士のための交通賠償法実務』日本評論社 520~522ページ
・日本賠償科学会編『賠償科学―医学と法学の融合―改訂版』民事法研究会 303~311ページ