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全損の場合は、事故時の被害車両の価格(車両時価額)が損害として認められます。
ただし、被害車両の売却代金が車両時価額から控除されます。この売却代金には、スクラップ代金を含みます。スクラップ代金とは、車両を解体した際に鉄くず代金として車両所有者が得る金銭のことで、解体業者に支払う解体費用ではありません。
車両時価額から売却代金を控除した差額を買替差額といいます。買替差額に加えて、買替えに要する買替諸費用(登録手続関係費)も、損害賠償請求が認められます。
つまり、被害車両が全損の場合に賠償請求できる損害は、買替差額と買替諸費用です。
買替差額の算定で大事なのが、事故時の車両価格(車両時価額)をいくらと評価するかです。請求する側で、車両時価額の立証が必要です。
車両時価額は、中古車市場における販売価格(再調達価格)によるのが原則です。車両時価額(被害車両の事故当時における取引価格)の算定方法について、最高裁は次のように判示しています。
いわゆる中古車が損傷を受けた場合、当該自動車の事故当時における取引価格は、原則として、これと同一の車種・年式・型、同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得しうるに要する価額によって定めるべきであり、右価格を課税又は企業会計上の減価償却の方法である定率法又は定額法によって定めることは、加害者及び被害者がこれによることに異議がない等の特段の事情のないかぎり、許されないものというべきである。
具体的には、次のような方法により、車両時価額を算定します。
事故車両と同一の車種・年式・型の車両について、「オートガイド自動車価額月報」(通称:レッドブック)の価格を基礎に、中古車専門雑誌やインターネット上の中古車価格情報などで、事故車両と使用状態や走行距離などが同程度の車両の価格を参考に判断します。
車両時価額の調査に用いられるものとして、次のものがあります。
一般的には「レッドブック」を参考にしますが、「レッドブック」の掲載期間は長いものでも10年程度です。「レッドブック」に掲載のないような古い車両の価格算定には、インターネット上の中古車価格情報を参考にすることになります。
ただし、このような情報は販売店の販売希望価格であって、実際の取引価格でないことに注意が必要です。
新車登録時から長期間経過して市場流通性を喪失し、レッドブック等にも掲載がなく、中古車市場価格が判明しない古い車両については、新車価格の10%を時価額とする場合が多いようです。
中古車市場における交換価値(市場価値)を喪失した古い車両でも、実際に走行していた以上、使用価値はあったと評価できます。この使用価値相当の評価方法として定着しているのが、新車価格の10%と算定する方法です。
これは、減価償却資産の残存価額の考え方にもとづくものです。
減価償却資産については、法定耐用年数が経過しても使用価値はあるため(これを「残存価額」といいます)、減価償却は10%の残存価額を残して行うことになっていました。
これの考え方にもとづき、法定耐用年数の経過した古い車両は、新車販売価格の10%を時価額としていたのです。
ただし、平成19年度税制改正により、減価償却資産については「償却可能限度額及び残存価額」が廃止され、耐用年数経過時に残存簿価1円まで償却できるようになりました。
その結果、減価償却の方法をもとに車両時価額を新車価格の10%とすることについて、法律上の根拠は失われたのです。
しかし、この税制改正以降もなお、裁判では、新車価格の10%を時価額として認定しています。こうした裁判例からみると、新車登録時から長期間経過し、適切な資料により車両時価額を立証できないような場合には、裁判所が新車価格の10%と認定するケースが今後もあり得ると考えられます。
新車であっても、登録するだけで、いわゆる「登録落ち」(車検落ち、ナンバー落ち)が生じ、車両価格が1~2割程度下落するといわれています。
たとえ、納車直後の新車であっても、査定は中古車価格となります。新車価格を車両時価額として、買替差額を算定することは認められません。
販売が開始されたばかりの新車で、まだ中古車市場価格が形成されていない場合は、新車価格から適宜減額して価格を算定する方法もとられます。
学説的には、「走行距離1,000㎞以内、購入日から1年以内が、新車買替差額の認められる限界」とし、新車買替差額を認める場合は、損害の公平な分担の観点から、新車買替諸費用の賠償は認めない、とする見解もあります。
裁判例には、新車購入後6日目に事故に遭い、車体の基幹部分に重大な損傷を受けた車両について、修理しても走行機能等に欠陥を生じることが推測されるとして、新車購入価格と登録諸費用も認めた例(札幌高裁昭和60年2月13日判決)もありますが、基本的に、新車買替え請求には否定的な裁判例が多いようです。
例えば、新車を購入し、引渡しを受けた直後の事故だったことを理由に、新車買替えを要求したことについて、次のような裁判例があります。
事故により損傷した被害車が、店舗内に陳列中であったり、車両運搬車で運搬中であったりする等、完全な新車の状態であった場合であれば格別、既に、一般の車両と同様に公道において通常の運転利用に供されている状態であった以上、新車の買替えを肯認すべき特段の事情とまではいえない。
商業車や改造車などの特殊車両は、レッドブックに掲載がなく、中古車市場での流通も少ないことから、車両時価額の算定が困難です。
商業車の車両時価額の算定については、次のような方法を採用した裁判例があります。
現実の交換価値により近くするため、法定耐用年数ではなく、一般的な使用期間を考慮して減価償却を行い、これに特殊装備(料金メーター等)の価値を加算する方法。
法定耐用年数ではなく、実際の使用可能期間を考慮して減価償却を行う方法。
車体本体の時価額に、特別仕様部分の残存価値を加算する方法。
改造車の車両価格は、原則として、ベース車の車両価格に改造費用を含めて算定の基準とします。
ただし、改造が、法令に抵触したり、車両の効用を低下させたりするなど、改造車の交換価値を減価させる場合は、ベース車の車両価格を減額するのが相当とされます。
全損車両については買替えが認められ、買替差額と買替諸費用を損害賠償請求できます。買替差額は、事故時の車両時価額から売却価額を控除した額です。
全損車両の損害額の算定においては、車両時価額をいくらと評価するかがポイントです。一般的には、レッドブックの価格を基礎に、インターネット上の中古車価格情報などを参考にして、車両時価額を算定します。
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【参考文献】
・『交通関係訴訟の実務』商事法務 433~434ページ
・『プラクティス交通事故訴訟』青林書院 224~227ページ
・『Q&Aと事例 物損交通事故解決の実務』新日本法規72~79ページ
・『新版 交通事故の法律相談』青林書院 281~284ページ
・『交通損害関係訴訟 補訂版』青林書院 229~230ページ
・『民事交通事故訴訟の実務』ぎょうせい 156~160ページ