人身傷害保険金を支払った保険会社が代位取得する賠償請求権の範囲

人身傷害保険金を支払った保険会社が代位取得する賠償請求権の範囲

人身傷害保険金を損害賠償金より先に受領すると、人身傷害保険会社が、支払った保険金額を限度として、被害者の損害賠償請求権に代位します。人身傷害保険会社が代位取得する請求権の範囲とは?絶対説、比例説、人傷基準差額説、裁判基準差額説の違いとは?

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人身傷害保険

 

被害者が、人身傷害保険金を先に受領し、あとから加害者に損害賠償請求する場合は、人傷保険会社が、被害者の損害賠償請求権を代位取得するため、代位の範囲が問題となります。被害者が損害賠償請求できる額に差が生じるからです。

 

代位の範囲には、絶対説、比例説、人傷基準差額説、裁判基準差額説という4つの見解がありますが、最高裁は、裁判基準差額説に立つことを明らかにしました。

 

詳しく見ていきましょう。

 

なぜ、代位の範囲が問題となるのか?

人身傷害保険は損害填補型の保険ですから、人傷保険金を支払った保険会社は、支払った保険金額の限度において、被保険者の損害賠償請求権を代位取得します(保険法25条)

 

その結果、被害者(被保険者)は、加害者に対する損害賠償請求権を失います。

 

被害者に過失がない場合には、支払った保険金額につき、損害賠償請求権を代位取得することに問題はありません。損害賠償請求額が人傷保険金の支払額を下回る場合は、損害賠償請求権の全額を保険会社が代位取得することになります。

 

しかし、被害者に過失があり過失相殺される場合には、人傷保険会社が、被害者の有する損害賠償請求権をどの範囲で代位取得するかが問題となります。

 

支払われた人傷保険金が、被害者の損害全体のうち、被害者の過失部分に充当されるか、それとも加害者の過失部分に充当されるかによって、被害者が最終的に受領できる総額が違ってくるからです。

 

被害者の過失部分に優先的に充当できれば、それだけ、被害者が加害者に対して損害賠償請求できる額が多くなりますから、人傷保険金と損害賠償金を合わせた被害者の受領額が多くなります。

 

逆に、加害者の過失部分に優先的に充当されるとすれば、その分、被害者の損害賠償請求権が減り、被害者が受領できる総額が少なくなってしまうのです。

絶対説、比例説、人傷基準差額説、裁判基準差額説

被害者にも過失があり過失相殺される場合の保険代位の範囲については、大別すると4つの説があります。絶対説、比例説、人傷基準差額説、裁判基準差額説の4つです。

 

絶対説は、支払った保険金「全額」について代位するという見解です。

 

比例説は、支払った保険金のうち「加害者の過失割合に対応する部分」について代位するという見解です。

 

差額説とは、支払った保険金と、過失相殺後の損害賠償金との合計額が、「被保険者の損害」を上回る場合に限り、その上回る部分について代位するという見解です。

 

「被保険者の損害」は補償すべきという考え方です。補償する損害を、人傷基準で算定した損害額とするか、裁判所基準で算定した損害額とするかで、人傷基準差額説裁判基準差額説に分かれます。

 

絶対説 保険会社は、支払った人傷保険金全額に相当する損害賠償請求権を代位取得する。
比例説 保険会社は、支払った人傷保険金額のうち、加害者の過失割合に対応する範囲で損害賠償請求権を代位取得する。
人傷基準差額説 保険会社は、支払った人傷保険金と過失相殺後の損害賠償金との合計額が、人傷基準損害額を上回る場合に、その上回る額について、損害賠償請求権を代位取得する。
裁判基準差額説 保険会社は、支払った人傷保険金と過失相殺後の損害賠償金との合計額が、裁判基準損害額を上回る場合に、その上回る額について、損害賠償請求権を代位取得する。

 

絶対説、比例説、人傷基準差額説、裁判基準差額説について、次のような事例で具体的に考えてみましょう。

 

【事例】

  • 裁判基準損害額:1億円
    (民事上認められる損害額)
  • 人傷基準損害額:8,000万円
    (人身傷害保険の損害算定基準(人傷基準)で算定した損害額)
  • 人傷保険金:5,000万円
    (人身傷害保険から支払われる保険金の額(保険契約した限度額)
  • 被害者の過失割合:30%
    (加害者に対する損害賠償請求額7,000万円)

 

絶対説

絶対説とは、保険会社は、支払った人傷保険金全額に相当する損害賠償請求権を代位取得するという考え方です。

 

したがって、支払われた人傷保険金は、加害者過失分に優先的に充当されます。

 

絶対説

 

事例のケースを絶対説で考えると、保険会社は、支払った保険金5,000万円の全額について請求権を代位します。

 

保険金5,000万円は、加害者過失分7,000万円に優先的に充当され、被害者は、7,000万円から5,000万円を控除した残り2,000万円を加害者に損害賠償請求できます。

 

被害者が最終的に受領できる額は、人傷保険金5,000万円と損害賠償金2,000万円を合わせた7,000万円です。

 

裁判基準損害額
(1億円)

加害者過失分
(7,000万円)

被害者過失分
(3,000万円)

被害者請求可能額
(2,000万円)

保険会社代位
(5,000万円)

損害賠償額
(2,000万円)

人傷保険金
(5,000万円)

 

比例説

比例説とは、保険会社は、支払った人傷保険金額のうち、加害者の過失部分に対応する範囲で損害賠償請求権を代位取得するという考え方です。

 

支払われた人傷保険金は、過失割合に応じて、加害者過失分と被害者過失分に充当されます。

 

比例説

 

事例のケースを比例説で考えると、人傷保険金5,000万円のうち70%にあたる3,500万円の請求権を保険会社が代位取得します。

 

被害者が加害者に損害賠償請求できる額は、7,000万円から3,500万円を控除した3,500万円です。

 

被害者が最終的に受領できる金額は、人傷保険金5,000万円と損害賠償金3,500万円を合わせた8,500万円です。

 

裁判基準損害額
(1億円)

加害者過失分
(7,000万円)

被害者過失分
(3,000万円)

被害者請求可能額
(3,500万円)

保険会社代位
(3,500万円)

保険会社負担額
(1,500万円)

損害賠償額
(3,500万円)

人傷保険金
(5,000万円)

 

人傷基準差額説

人傷基準差額説とは、支払われた人傷保険金と、被害者の有する損害賠償請求権の額(過失相殺後の額)との合計が、人傷基準損害額を上回る場合に限り、その上回る部分に相当する損害賠償請求権を保険会社が代位取得するという考え方です。

 

被害者が、人傷保険金と損害賠償金とを合わせて、人傷基準損害額については、損害を回復できるようにするものです。

 

人傷基準差額説

 

事例のケースを人傷基準差額説で考えると、人傷保険金が5,000万円、過失相殺後の損害賠償請求額が7,000万円、合計1億2,000万円。人傷基準損害額が8,000万円ですから、保険会社が代位取得する請求権は4,000万円です。

 

被害者が加害者に損害賠償請求できる額は、7,000万円から4,000万円を差し引いた3,000万円です。

 

被害者が最終的に受領できる額は、人傷保険金5,000万円と損害賠償金3,000万円を合わせた8,000万円です。

 

裁判基準損害額
(1億円)

加害者過失分
(7,000万円)

被害者過失分
(3,000万円)

被害者請求可能額
(3,000万円)

保険会社代位
(4,000万円)

保険会社負担額
(1,000万円)

損害賠償額
(3,000万円)

人傷保険金
(5,000万円)

人傷基準損害額

(8,000万円)

 

裁判基準差額説

裁判基準差額説とは、支払われた人傷保険金額と、被害者の有する損害賠償請求権の額(過失相殺後の額)との合計が、裁判基準損害額(訴訟で認定された損害額)を上回る場合に限り、その上回る部分に相当する損害賠償請求権を保険会社が代位取得するという考え方です。訴訟基準差額説ともいいます。

 

被害者が、人傷保険金と損害賠償金とを合わせて、裁判基準損害額を回復できるようにするもので、被害者に最も有利な見解です。

 

支払われた人傷保険金は、被害者の過失部分の損害額(過失相殺される額)に優先的に充当されます。

 

裁判基準差額説

 

事例のケースを裁判基準差額説で考えると、人傷保険金5,000万円と過失相殺後の損害賠償額7,000万円との合計額が1億2,000万円。裁判基準損害額が1億円ですから、保険会社が代位取得する請求額は2,000万円です。

 

言い換えると、人傷保険金5,000万円は、被害者過失分3,000万円に充当され、それを上回る2,000万円について、保険会社が、被害者の損害賠償請求権を代位取得するということです。

 

被害者が加害者に損害賠償請求できる額は、過失相殺後の7,000万円から保険会社が代位取得する2,000万円を控除して、5,000万円です。

 

被害者が最終的に受領できる額は、人傷保険金の5,000万円と損害賠償額の5,000万円を合わせた1億円です。被害者は、民事上認められる全損害の填補を受けられることになります。

 

裁判基準損害額
(1億円)

加害者過失分
(7,000万円)

被害者過失分
(3,000万円)

被害者請求可能額
(5,000万円)

保険会社代位
(2,000万円)

保険会社負担額
(3,000万円)

損害賠償額
(5,000万円)

人傷保険金
(5,000万円)

 

裁判基準差額説と訴訟基準差額説は同じものです。最高裁判決で裁判基準差額説が使われたことから、現在は裁判基準差額説ということが多くなっています。

最高裁の判断は?

最高裁は、平成24年2月20日、裁判基準差額説に立つことを明らかにしました。

 

最高裁第一小法廷判決(平成24年2月20日)

本件約款によれば、訴外保険会社は、交通事故等により被保険者が死傷した場合においては、被保険者に過失があるときでも、その過失割合を考慮することなく算定される額の保険金を支払うものとされているのであって、上記保険金は、被害者が被る損害に対して支払われる傷害保険金として、被害者が被る実損をその過失の有無、割合にかかわらず填補する趣旨・目的の下で支払われるものと解される。

 

上記保険金が支払われる趣旨・目的に照らすと、本件代位条項にいう「保険金請求権者の権利を害さない範囲」との文言は、保険金請求権者が、被保険者である被害者の過失の有無、割合にかかわらず、上記保険金の支払によって民法上認められるべき過失相殺前の損害額(裁判基準損害額)を確保することができるように解することが合理的である。

 

そうすると、上記保険金を支払った訴外保険会社は、保険金請求権者に裁判基準損害額に相当する額が確保されるように、上記保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が裁判基準損害額を上回る場合に限り、その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当である。

 

裁判基準差額説に立つと、人身傷害保険金は被害者の過失部分に優先的に充当され、人傷保険会社は、訴訟で認定された被害者の過失割合に対応する損害額を上回る保険金額を支払った場合に、その上回る額について、被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得することになります。

損害賠償金を受領した後で人身傷害保険金を請求する場合

先に人傷保険金を受領し、あとから損害賠償請求する場合(人傷先行)は、上で見たように、トータルで裁判基準損害額を全額受領することができます。

 

ところが、先に損害賠償金を受領し、あとから人傷保険金を請求する場合(賠償先行)は、約款に基づき、人傷基準損害額(契約保険金額が限度)から既払金を控除して支払います。

 

上の事例でいえば、人傷先行の場合には、被害者の取得総額は1億円ですが、賠償先行の場合には、人傷保険金額5,000万円から受領した損害賠償金7,000万円を控除するとマイナス2,000万円となり、人傷保険金は支払われず、被害者の取得額は損害賠償金の7,000万円だけとなります。

 

このように、人傷先行と賠償先行とで被害者の取得総額に差が生じる結果となることは不合理であるため、現在は約款に特則を定め、訴訟により裁判所が損害額を認定した場合には、人傷先行でも賠償先行でも、最終的に受け取る金額は同じになるようになっています。

 

詳しくは、次のページをご覧ください。

まとめ

被害者にも過失があるときは、人身傷害補償保険金の請求を併用すると、過失相殺による減額分についても保険金給付を受けることができます。

 

訴訟を提起した場合は、人身傷害補償保険金と損害賠償金のどちらを先に請求しても、最終的に被害者が受け取れる金額に差が生じない仕組みになっていますが、裁判をせずに和解する場合は、どちらを先に請求するかで受領できる金額に差が生じることがあります。

 

ただし、裁判を起こすとなると、時間も費用もかかり、精神的負担も大きくなります。そういった事情も考慮して判断することが大切です。

 

人身傷害補償保険は、保険会社によって約款の規定が異なり、事故日によっても適用される約款が異なります。適用される約款を確認した上で、対応することが必要です。

 

人身傷害補償保険金の請求や、人傷保険金請求と損害賠償請求との調整について、疑問やお困りのことがあるときは、交通事故の損害賠償に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。

 

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【参考文献】
・『交通事故損害賠償法 第2版』弘文堂 279~284ページ
・『交通事故診療と損害賠償実務の交錯』創耕舎 90~106ページ
・『交通事故と保険の基礎知識』自由国民社 107~111ページ
・『新版 交通事故の法律相談』学陽書房 329~333ページ
・『改定版 交通事故実務マニュアル』ぎょうせい 49~55ページ
・『民事交通事故訴訟の実務』ぎょうせい 293~299ページ
・『事例にみる交通事故損害主張のポイント』新日本法規 288ページ
・『交通事故損害賠償の手引』企業開発センター 93~96ページ
・『交通損害関係訴訟 補訂版』青林書院 108~111ページ
・『交通賠償のチェックポイント』弘文堂 201ページ
・『要約 交通事故判例140』学陽書房 99~101ページ
・『自動車保険の解説2017』保険毎日新聞社 382~388ページ
・『新版 交通事故の法律相談』青林書院 385~391ページ
・『Q&A 新自動車保険相談』ぎょうせい 370~374ページ
・『交通関係訴訟の実務』商事法務 410~425ページ

公開日 2022-01-08 更新日 2023/03/18 13:28:15