過剰診療・濃厚診療・高額診療は、治療費が一部しか支払われない

Point
  • 過剰診療・濃厚診療・高額診療は、必要性・相当性を超えた診療行為のことです。
  • 自由診療の場合には、過剰診療・濃厚診療・高額診療が問題となることがあり、事故による受傷と相当因果関係がある治療費だけしか、裁判でも損害賠償が認められません。

 

病院の医師が、丁寧に検査や診療をしてくれて、痛み止めなどの薬もきちんと処方してくれたとしたら、きっとあなたは「良い医者でよかった」と喜ぶでしょう。

 

ところが、ある日突然、保険会社から治療費の支払いを止められます。理由は、通常以上の治療を行っているから。

 

これが、過剰診療・濃厚診療と呼ばれる問題です。その上に、診療報酬単価が高いといった高額診療の問題も絡みます。

 

ここでは、過剰診療・濃厚診療・高額診療とはどのような診療行為をいうのか、高額診療に対する判例、裁判で認められる妥当な診療費水準がどの程度か、についてまとめています。

 

目次
  1. 過剰診療・濃厚診療・高額診療とは
  2. 交通事故診療の「妥当な診療費の水準」とは

過剰診療・濃厚診療・高額診療とは

過剰診療・濃厚診療・高額診療とは、次のような診療行為です。

 

過剰診療 受傷の程度に比べ、医学的に必要性・相当性が認められない診療療行為
濃厚診療 受傷の程度に比べ、必要以上に丁寧な診療行為
高額診療 診療行為に対する報酬額が、社会一般の診療費水準に比べて著しく高額な場合

 

保険会社は、過剰診療・濃厚診療・高額診療と見なすと、治療の必要性・相当性が認められる範囲しか治療費を支払いません。

 

なお、過剰診療・濃厚診療・高額診療が問題となるのは、むち打ち症の治療が大半です。むち打ち症で治療が長引きそうな場合は、早めに健康保険診療に切り替えるのも、過剰診療・濃厚診療・高額診療のリスクを回避する1つの方法です。

 

治療費は「必要かつ相当な実費」が賠償の対象

治療費は「必要かつ相当な実費全額」が賠償対象です。単に治療を受け、治療費を支出したことだけでなく、その治療が事故と因果関係があり、治療費として適正な支出であることを主張する必要があります(『別冊・判例タイムズ38』より)

 

したがって、必要性・相当性が認められない治療や治療費は、過剰診療・濃厚診療・高額診療として、加害者や保険会社は支払いを拒否できます。

 

交通事故の治療費は、基本的に実費相当額が賠償されますが、それは「必要かつ相当な実費」です。治療費の全額が賠償されないこともあることに注意してください。支払を受けられなかった治療費は、被害者の負担となってしまいます。

 

過剰診療・濃厚診療・高額診療を生む要因

交通事故の治療は、自由診療が基本です。自由診療は、医療機関と患者との間で結ばれる診療契約にもとづいて実施されます。

 

治療費を支払うのが患者自身なら、治療費がどれくらいかかるか、当然、気になるものです。「治療費が高いから、そこまでの治療はいい」と判断することもあるでしょう。

 

ところが、自動車事故の場合、治療費を最終的に負担するのは、損害賠償責任を負う加害者であり、その賠償額を保険金で支払う損保会社です。いったん被害者が治療費を立て替えなければいけないケースは別として、被害者自身が治療費を気にすることはないでしょう。

 

このように交通事故の治療では、治療費を最終的に負担するのが診療契約の直接の当事者でないことが、問題を複雑にします。

 

ここに、過剰診療・濃厚診療・高額診療の問題を生む要因があります。つまり、こういうことです。

 

被害者としては、加害者側(相手の保険会社)が治療費を支払うのが当然と考えますから、普通は「治療費が高いかどうか」など気にしません。自由診療で治療費が高くなることが分かっていても、自分で治療費を支払うわけではないので最善の治療を望むものです。

 

しかし、治療費を支払う保険会社としては、治療費の妥当性が問題となります。加害者に賠償責任があるとはいえ、必要かつ妥当な範囲を超える治療費まで、支払う義務はないからです。そのため「過剰診療だ」「高額診療だ」などと支払いを拒否する場合があるのです。

交通事故診療の「妥当な診療費の水準」とは

交通事故の被害に遭った患者にどのような診療を行うかは、医師に一定の裁量があります。

 

特に、生死にかかわる重大事故で救急搬送された患者には、高度な救急措置の実施が必要な場合があります。保険内診療などと言っていられません。

 

しかし、そういうケースばかりではありません。軽傷の場合や慢性期の治療なら、たいていは健康保険の範囲で対応可能です。健康保険診療と同じ診療内容にもかかわらず、自由診療とするだけで2倍も3倍もの高額の医療費を請求するのは、やはり問題でしょう。

 

それでは、交通事故の診療で「妥当な治療費の水準」とは、どういった水準なのでしょうか?

 

判例から見てみましょう。なお、ここで紹介しているのは、あくまで傾向として考えてください。裁判では、個別事情にもとづいて判断されるからです。

 

主に東京地裁では健康保険の診療報酬を基準とし、東京地裁以外では労災保険の診療報酬に準拠する判例が見られます。

 

健康保険の診療報酬を基準とする

東京地裁における判決の傾向としては、健康保険にもとづく診療報酬単価を修正すべき事情が認められない場合には、健康保険法の診療報酬体系(1点=10円)を基準とする考え方が採られていると言えます。

 

裁判では、健康保険法の診療報酬体系について、中央社会保険医療協議会の答申にもとづく公正妥当な診療報酬であり、ほとんどの診療報酬が健康保険の診療報酬体系によって算定されているので、一般の診療報酬を算定する基準としても合理性がある、と判断されています。
(東京地裁判決・平成元年3月14日)

 

この前提で、自由診療の場合の「診療報酬額の決め方」は、次のようになります。

 

  1. 自由診療契約にもとづく治療であっても、健康保険による診療の範囲で治療が可能な場合は、健康保険法の診療報酬体系が基準となります。
  2. 診療行為が医師の独自の先進的療法や特殊技能により施されたなど、その基準を修正する合理的な事情がある場合は、相当な範囲で修正が認められます。ただし、基準を修正する場合にも、健康保険法の診療報酬体系全体との均衡について配慮し、社会通念上合理的な診療報酬額とすることが求められます。

 

これが、交通事故による傷害を自由診療で治療する場合の「妥当な診療報酬額の水準」についての基本的な考え方と言えます。

 

東京地裁の3つの判例をご紹介します。

 

東京地裁判決(平成元年3月14日)

この判決は「1点10円判決」と呼ばれ、社会的に反響を呼んだ判決です。

 

これは、むち打ち症の治療費をめぐる事案です。まず、患者と医師との間に自由診療における診療報酬の額について合意が存在していません。多くはそうでしょう。

 

むち打ち症の治療で、「治療費がこれだけかかりますが、治療をしますか?」「はい、お願いします」などというケースはないでしょう。

 

このように診療報酬額について患者と医師との間に合意がない中で、過剰診療・高額診療が行われたとして、保険会社が、すでに支払った治療費のうち過剰・高額の部分について、医療機関に対し不当利得の返還を求めた事案です。

 

判決では、過剰・高額診療部分について、薬剤料については1点単価を10円とし、その他の医療費については1点単価を10円50銭としました。50銭の加算は、自由診療の診療報酬には社会保険診療のような税法上の特別措置が適用されないことを考慮したものです。

 

つまり、自由診療における診療報酬の額も、健康保険の診療報酬体系(1点=10円)を基準とするというものです。

 

判決は、診療における医師の一定の裁量を認めつつ、次のように指摘しています。一部を抜粋しておきます。

 

自由診療において…医師が、特段の制約を受けずに診療行為を行えるからといって、一方的意思表示により自由に診療報酬額を決定し得るものではなく、診療報酬額は、社会通念に従った合理的なものであることが必要である。

 

保険診療でも治療しうる傷害に対する診療報酬額が、保険診療でなく自由診療によるという形をとることのみによって高額化するのは、合理性を欠くものというべきであり、保険診療の場合と自由診療の場合の診療報酬額を異にすべきことを根拠付けるには、診療行為の内容の違い等その実質的差異を合理的に説明しうる事情が必要であるといわなければならない。

 

健康保険法の診療報酬体系には、一般の診療報酬を算定する基準としての合理性も存するのであって、自由診療における診療報酬についての合意を欠く場合の診療報酬額についても、健康保険法の診療報酬体系を基準とし、かつ、ほかにこれを修正すべき合理的な事情が認められる場合には、当該事情を考慮し、右基準にそれらに即応した修正を加えて、相当な診療報酬額を決定するのが相当というべきである。

 

(東京地裁判決 平成元年3月14日(判例タイムズ№691より))

 

東京地裁判決(平成23年5月31日)

これも上の判例と同じく、患者と医師との間に自由診療における診療報酬の額について合意が存在しない中で、むち打ち症の傷害に対する治療費の一括払いを行った任意保険会社が、医療機関に対し、過剰診療・高額診療が行われたとして、過剰・高額の部分についての不当利得の返還を求めた事案です。

 

「1点10円判決」と同様の判断枠組みにより、自由診療における診療報酬額についても健康保険法にもとづく診療報酬体系が一応の基準になるとしたうえで、その基準を修正すべき合理的な事情を認めることができないとして、診療報酬単価は1点10円とするのが相当であるとする判断を示しました。

 

東京地裁判決(平成25年8月6日)

この判決は、むち打ち症の治療を受けた被害者が原告となり、1点単価が25円で治療費が算定されていることを前提に、加害者に対し損害賠償請求訴訟を提起した事案です。医療機関が原告側に補助参加しました。

 

1点=25円ということは、1点=10円の場合に比べ、単純計算で治療費(損害額)は2.5倍になります。その額で損害賠償請求したわけです。

 

判決は、治療内容の選択と実施については、医師に一定の裁量を認める一方で、

  1. 加害者が被害者に対して賠償すべき治療費の額については、当該事故と相当因果関係があると認められる範囲に限られる。
  2. 被害者が病院との間で一定の算定方法により算定された額の治療費を支払う旨の合意をしたとしても、加害者は当該合意に拘束されるものではないから、相当な範囲を超える治療費については賠償責任を負わない。
  3. 治療経過や治療内容からみても、特に高い専門知識や技術を要する治療がされたわけでなく、頸椎捻挫に対する一般的な治療の域を出るものではなかった。
  4. 健康保険にもとづく治療の範囲により治療を実施することも十分可能だった認められるときは、賠償すべき相当な治療費の額を判断するうえで、健康保険法にもとづく診療報酬体系による算定方法が一応の基準となる。
  5. 健康保険法にもとづく診療報酬体系の単価を修正すべき事情もうかがわれない。

として、「賠償すべき本件事故と相当因果関係のある治療費を算定するにあたっては、1点単価を10円とすべきである」との判断を示しました。

 

これ以前の1点単価を10円とした判例は、患者と医師との間に自由診療における診療報酬の額についての合意が存在しない中で、一括払いをした任意保険会社から医療機関に対する不当利得返還請求訴訟でした。

 

この判決は、患者と医師との間の自由診療における診療報酬額の合意の有無にかかわらず、損害賠償請求訴訟においても、不当利得返還訴訟の判例と同様の判断枠組みによって、1点単価を10円とすることが妥当との見解を明らかにしたものです。

 

しかも、損害賠償請求訴訟における東京地裁の民事交通専門部の判断であることからも注目されています。東京地裁の民事交通部は、交通事故の裁判や実務において全国の地方裁判所の中で「指導的立場」にあると考えられているからです。

 

労災保険の診療報酬に準拠する

東京地裁以外では、労災の診療単価に準拠して1点=15円とする判決が出されています。例えば、平成8年10月23日の福岡高裁判決や平成9年3月12日の福岡高裁宮崎支部判決です。

 

1点=15円と判断した理由として、次のようなことを挙げています。

 

  1. 自由診療の場合でも、健康保険法の診療報酬体系(1点10円)を一応の基準とする
  2. 交通事故では突発的な傷害に適切に対応しなければならない
  3. 自由診療には税法上の特別措置の適用がない
  4. 労災の診療費算定基準で診療単価が1点12円とされている

 

これらは、平成元年の東京地裁の「1点10円判決」よりも後の判決です。東京地裁以外では傾向が少し異なるともみられます。とはいえ、自由診療の場合でも、健康保険法の診療報酬体系(1点=10円)を一応の基準とする点では同じです。

まとめ

交通事故の治療は、基本的に自由診療で行われますが、場合によっては過剰診療・濃厚診療・高額診療となり、相手の保険会社から支払いを一部拒否されることがあります。

 

自由診療であっても、事実上、健康保険診療の範囲内の治療の場合、裁判では健康保険法の診療報酬体系(1点10円)を超える部分は高額診療とみなされ、損害賠償を受けられないことがあります。

 

ただし、1点10円を超える場合には、保険会社が全て支払いを拒否するわけではありません。実務では、保険会社は自賠責診療費算定基準にもとづき、1点15円~20円の範囲で交渉を行うからです。

 

診療報酬単価が問題となるのは、多くは、むち打ち症(頸椎捻挫)など軽傷だったにもかかわらず過剰診療・濃厚診療がなされた場合です。

 

過剰診療・濃厚診療・高額診療として保険会社から治療費の支払いを拒否されて、お困りの方や、むち打ち症の治療で過剰診療・濃厚診療・高額診療とならないか心配な方は、今すぐ交通事故の損害賠償問題に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。

 

弁護士法人・響

 

【参考】

・『損害保険の法律相談Ⅰ<自動車保険>青林書院
・『交通事故診療と損害賠償実務の交錯』創耕舎
・『判例タイムズ』№691

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