健康保険を使う? それとも自由診療? その判断の基準は?

健康保険診療か自由診療か

 

交通事故による怪我の治療は自由診療が原則ですが、患者(被害者)が希望すれば、健康保険を使って治療できます。国保その他の公的医療保険も同様です。

 

健康保険を使うか、自由診療にするか、その判断のポイントと、健康保険を使って治療する方がよいケース、自由診療でよいケースについて、具体的に見ていきましょう。

 

交通事故で実際に健康保険を使うのは1~2割

まず、交通事故の診療で、実際に健康保険がどの程度使用されているのか、見ておきましょう。あなたが、健康保険を使うかどうかを判断する上で、参考になると思います。

 

交通事故診療における健康保険の使用率を見るには、2つのデータがあります。

 

1つは、損害保険料率算出機構が毎年度公表している「自動車保険の概況」の社会保険利用率の数値です。

 

もう1つは、日本医師会が2012年(平成24年)の労災・自賠責委員会答申で公表した、全国の医療機関に対するアンケート調査(交通事故診療に係る健保使用問題に関する調査)の結果です。

 

日本医師会のアンケート調査結果は、たんに健康保険の使用率だけでなく、交通事故診療を行っている医療機関での健康保険使用の実態がよく分かります。

 

損害保険料率算出機構が公表している社会保険利用率

損害保険料率算出機構が公表している各年度の「自動車保険の概況」によると、自賠責保険における社会保険利用率は11%前後で推移しています。

 

社会保険利用率

(損害保険料率算出機構「自動車保険の概況」より)

 

交通事故診療で健康保険を使っているのは、およそ1割です。案外少ないと感じたのではないでしょうか。

 

日本医師会が調査した健康保険使用率

日本医師会の調査では、健康保険使用率は19.9%です。交通事故診療で健康保険を使っているのは、約2割という結果になっています。

 

損害保険料率算出機構の数値との違いは、「損害保険料率算出機構が発表している数値には、死亡事故で健康保険を使用した場合が含まれていない」からとされています。
(※参考:『Q&Aハンドブック交通事故診療・全訂新版』創耕舎 88ページ)

 

医療機関種別に健康保険の使用率を見ると、病院が23.6%、診療所が10.8%と、病院は診療所の2倍以上です。入院・外来別では、入院が58.1%、外来が17.2%で、入院が外来の3倍以上です。

 

日本医師会は、「入院においては治療費が高額になることが予想されるために健康保険を使用する案件が多いと思われる」と分析しています。

 

※日本医師会のWebサイトにリンクしています。

健康保険を使うか自由診療とするか判断のポイント

交通事故で実際に健康保険を使うケースは1~2割程度という現実もふまえ、ここからが本題です。健康保険を使うか、自由診療とするか、どう判断すればよいのでしょうか?

 

まず押さえておきたいのは、交通事故に健康保険を使うメリット・デメリットです。健康保険診療は、診療単価が低いため医療費を安く抑えられますが、保険適用外の治療は受けられません。

 

その他にも、交通事故に健康保険を使うには特別の手続きが必要ですし、治療のたびに診療費の自己負担分を支払わないといけない、自賠責様式の診断書などを発行してもらえないなど、多くのデメリットがあります。

 

一方、自由診療は、健康保険診療のような規制はありませんが、診療費が高くなります。

 

したがって、治療費を加害者側が全額支払ってくれるのであれば、自由診療として問題ありません。そもそも、交通事故診療は自由診療が基本で、そのために自賠責保険制度があり、それを補完する任意保険もあるのです。

 

ただし、加害者側から十分な損害賠償を受けられない可能性がある場合は、健康保険を使って治療した方が有利です。次のようなケースです。

 

加害者側から十分な賠償を受けられない可能性があるケースとは?
  • ひき逃げで加害者を特定できないとき
  • 加害者が任意保険に加入していないとき
  • 被害者の過失が大きいとき
  • 治療が長期化し、医療費が多額になりそうなとき

 

この4つのケースのように、相手の任意保険から十分な支払いを見込めない場合は、健康保険を使って治療した方が有利です。それ以外は、自由診療でよいでしょう。

 

この4つは、医療機関も「健保使用もやむを得ない」と考えるケースです。一般的に医療機関は交通事故の治療に健康保険の使用を嫌うのですが、その医療機関でさえ理解を示すケースですから、医療機関と健康保険の使用をめぐってトラブルになることは少ないといえます。

 

医療機関も「健康保険の使用をやむを得ない」と考えるケース

日本医師会が全国の医療機関に行ったアンケート調査の結果によると、医療機関が「健保使用もやむを得ない」と考えるのは、多い順に次の5つのケースです。

 

①加害者が特定できない場合(轢き逃げ等)…60.9%
②患者側の過失が大きい場合…53.0%
③加害者が任意保険に未加入かつ支払い能力がないと考えられる場合…50.8%
④患者が医療保険者に「第三者の行為による傷病届」を提出済みの場合…49.1%
⑤長期の療養を要する等、医療費が多額になる場合…20.2%
※日本医師会の労災・自賠責委員会答申(2012年2月)より(複数回答可)

 

第三者行為届は手続上のことですから除外して考えると、その他の4つは上で挙げた4つのケースと同じです。

健康保険を使って治療するとよい4つのケース

この4つのケースは、なぜ健康保険を使うと有利なのか、見ていきましょう。

 

健康保険を使うべき4つのケース
  • ひき逃げで加害者を特定できないとき
  • 加害者が任意保険に加入していないとき
  • 被害者の過失が大きいとき
  • 治療が長期化し、医療費が多額になりそうなとき

 

【1】ひき逃げで加害者を特定できないとき

ひき逃げで加害車両を特定できない場合は、必ず健康保険を使うべきです。理由は2つあります。

 

1つは、加害車両が不明なので自賠責保険にすら請求できず、治療費が全て自己負担となるからです。健康保険を使えば、治療費全体の金額を抑えることができ、しかも、その一部負担で済みます。

 

もう1つは、こういう場合に被害者を救済する制度として政府保障事業があるのですが、この制度を利用するには、健康保険の使用が前提だからです。政府保障事業に請求すると、自賠責保険と同程度の補償を受けることができます。

 

【2】加害者が任意保険に加入していないとき

相手が任意保険に加入していない場合は、たいてい、自賠責保険の範囲でしか賠償を受けられません。賠償されない損害は被害者の負担となりますから、健康保険を使って治療費を低く抑えることが大切です。

 

自賠責保険には支払限度額があります。例えば、傷害事故なら、治療費のほか休業補償や慰謝料など全て合わせて120万円が上限です。

 

仮に自由診療で治療費だけで120万円かかったとしたら、あとの休業損害や慰謝料に対する支払いはありません。

 

一方、健康保険を使うと、大まかな計算ですが、自由診療で120万円(診療単価1点20円)の治療費だと、健康保険診療では治療費は半分の60万円(診療単価1点10円)で、その3割が本人負担ですから、被害者が支払う治療費は18万円です。

 

支払限度額は120万円ですから、残りの102万円は休業補償や慰謝料として支払いを受けられることになります。

 

このように、健康保険を使って治療費を抑えることで、自賠責保険から休業補償や逸失利益、慰謝料についても支払いを受けることができるようになるのです。

 

 

もっとも、幸いにも軽傷で、自賠責保険の範囲内で全ての賠償が完結するなら、健康保険診療にこだわる必要はありません。

 

加害車両が自賠責保険が切れていたなど無保険車で、自賠責保険の支払も受けられない場合は、政府保障事業に損害の填補を請求することになります。この場合は、健康保険を使って治療することが前提です。

 

【3】被害者の過失割合が大きいとき

被害者の過失割合が大きいときは、健康保険を使って治療すると断然有利です。理由は2つあります。

 

1つは、被害者の過失が大きいと過失相殺により賠償金額が大幅に減額されますが、健康保険を使うことで治療費の支出を抑えることができるからです。

 

もう1つは、健康保険からの給付額が過失相殺の対象とならないため、健康保険を使って治療すると、自由診療に比べて賠償金の手取額が多くなるからです。

 

詳しくは次のページをご覧ください。

 

【4】治療が長期化し、医療費が多額になりそうなとき

治療が長期化し、医療費が多額になりそうなときは、健康保険を使うと有利です。2つのケースがあります。

 

1つは、入院の場合です。入院が必要な場合は、治療が長期化し、医療費が多額になる傾向がありますから、たいてい保険会社から「健康保険を使ってください」と打診があります。

 

治療費が多額になると、自賠責保険の支払限度額を超え、超過分は困るのは、任意保険会社です。自賠責保険の支払限度額を超える部分は、任意保険会社の持ち出しとなります。健康保険診療にして、治療費の全体額を抑えることができると、任意保険会社が支払う保険金の額(損害賠償額)を減らすことができるので助かるのです。

 

ですから、任意保険会社から健康保険の使用について打診があったときは、健康保険を使いましょう。保険会社に協力することで、あとで示談交渉を有利に進めることができます。

 

もう1つは、通院が長期化しそうな場合です。通院の場合は基本的に自由診療でよいのですが、むち打ち症などで治療が長期化すると、保険会社が治療費の支払いを打ち切る場合があります。

 

こういう場合は医師と相談し、医師が治療を続けた方がよいという判断であれば、健康保険に切り替えて治療を継続します。保険会社からの支払いはありませんから、治療費は自己負担となりますが、健康保険を使うことで負担額を抑えることができます。

 

まとめ

交通事故の治療は自由診療が原則ですが、相手方の任意保険会社から十分な損害賠償を受けられない場合は、健康保険を使って治療します。例えば、①ひき逃げ、②相手が任意保険に未加入、③被害者の過失が大きい、④医療費が多額になる、という場合です。

 

こういったケースは、交通事故に健康保険を使用することについて、医療機関の理解を得られやすいので、診断書の発行などで医療機関とのトラブルも起こりにくくなります。

 

お困りのことがあれば、交通事故の損害賠償問題に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。

 

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