健康保険を使った方がよいケース・自由診療でよいケース

交通事故診療における実際の健康保険の使用率

まず、交通事故診療において、実際に健康保険がどの程度使用されているのか、見ておきましょう。

 

健康保険の使用率は、損害保険料率算出機構が毎年度の「自動車保険の概況」で社会保険利用率を公表しています。

 

また、日本医師会が、2012年(平成24年)の労災・自賠責委員会答申で、全国の医療機関に対するアンケート調査の結果を公表しています。

 

2つのデータを見てみましょう。

 

損害保険料率算出機構が公表しているの社会保険利用率

損害保険料率算出機構が公表している「自動車保険の概況」によると、社会保険利用率は11%前後で推移しています。

 

社会保険利用率

(損害保険料率算出機構「自動車保険の概況」より)

 

日本医師会が調査した健康保険使用率

日本医師会の調査では、健康保険使用率は19.9%です。損害保険料率算出機構のデータの約2倍の数値です。

 

日本医師会の数値が大きいのは、損害保険料率算出機構が発表している数字には、死亡事故で健康保険を使用した場合が含まれていないからのようです。
(※参考:『Q&Aハンドブック交通事故診療・全訂新版』創耕舎 Q62健康保険の使用率)

 

医療機関種別では、病院が23.6%(国公立病院が31.3%、その他病院が18.5%)、診療所が10.8%と、病院は診療所の2倍以上で、国公立病院での使用率が高くなっています。

 

入院・外来別では、入院が58.1%、外来が17.2%です。入院について医療機関種別にみると、国公立病院が62.3%、その他の病院が55.9%、診療所が43.1%となっています。

 

日本医師会は、「入院においては治療費が高額になることが予想されるために健康保険を使用する案件が多いと思われる」と分析しています。

健康保険を使うか自由診療とするか判断のポイント

健康保険診療は、診療単価が低いため医療費を安く抑えられますが、保険適用外の治療は受けられず、治療のたびに医療費の自己負担分を支払わなければなりません。自由診療は、そういった規制はありませんが、医療費が高くなります。

 

患者(交通事故の被害者)からすると、治療費を相手方保険会社が全額支払ってくれるのであれば、自由診療が有利です。

 

しかし、加害者が任意保険に加入していない場合や、ひき逃げで加害者が不明の場合は、治療費の自己負担が発生します。自由診療では治療費が高くなりますから、健康保険を使って治療するのが鉄則です。

 

また、被害者にも過失があると、過失相殺により賠償額が減額され、自分の過失割合分は自己負担となります。被害者の過失割合が大きい場合は、健康保険を使う方が有利です。

 

その他、治療期間が長くなる場合も、健康保険診療にした方がよい場合があります。

 

健康保険を使う方がよい4つのケース

健康保険を使う方がよいか自由診療でよいか、判断のポイントをまとめると次のようになります。

 

健康保険を使って治療すると有利なのは、次の4つのケースです。

 

健康保険を使う方がよいケース
  1. 加害者を特定できないとき
  2. 被害者の過失が大きいとき
  3. 加害者が任意保険に加入していないとき
  4. 治療期間が長期化しそうなとき

 

これ以外は、自由診療でよいでしょう。

 

医療機関が健康保険の使用をやむを得ないと考える5つのケース

医療機関は交通事故の治療に健康保険を使うのを嫌うのですが、その医療機関でも「健康保険の使用をやむを得ない」と考えるケースがあります。

 

日本医師会が全国の医療機関に行ったアンケート調査の結果によると、医療機関が「健保使用もやむを得ない」と考えるのは、多い順に次の5つのケースです。

 

医療機関が健保使用をやむを得ないと考えるケース
  1. 加害者が特定できない場合(轢き逃げ等)…60.9%
  2. 患者側の過失が大きい場合…53.0%
  3. 加害者が任意保険に未加入かつ支払い能力がないと考えられる場合…50.8%
  4. 患者が医療保険者に「第三者の行為による傷病届」を提出済みの場合…49.1%
  5. 長期の療養を要する等、医療費が多額になる場合…20.2%

※日本医師会の労災・自賠責委員会答申(2012年2月)より(複数回答可)

 

「4」は、第三者行為届を提出すれば、制度上、健康保険使用が当然認められますから除外して考えると、その他の4つは、上で挙げた4つのケースと同じです。

 

これらは、医療機関も健康保険の使用をやむを得ないと考えるケースですから、健康保険の使用をめぐって医療機関とトラブルになることも少ないのです。

 

それでは、この4つのケースについて、健康保険を使う方がよい理由を詳しく見ていきましょう。

ひき逃げで加害者を特定できない場合は、必ず健康保険を使う

ひき逃げで加害者を特定できない場合は、必ず健康保険を使わなければいけません。理由は2つあります。

 

1つは、加害者が不明なので損害賠償請求できず、治療費が自己負担となるからです。健康保険を使えば、3割の負担で済みます。

 

もう1つは、こういう場合に被害者を救済する制度として政府保障事業があり、政府保障事業は、健康保険の使用を前提としているからです。

 

政府保障事業に損害の填補を請求すると、自賠責保険程度の補償を受けられます。

被害者の過失割合が大きい場合は、健康保険を使う

被害者の過失が大きいときは、過失相殺により賠償金額が大幅に減額され、被害者の自己負担が増えます。ですから、被害者の過失割合が大きいときは、健康保険を使って治療費の支出を抑えることが大事です。

 

また、健康保険からの保険給付額は過失相殺の対象とならないため、健康保険を使って治療すると、自由診療に比べて賠償金の手取額が多くなります。

 

具体的に考えてみましょう。被害者の過失割合が80%の場合です。

 

治療費は、自由診療だと200万円健康保険診療だと100万円とします。自賠責診療費算定基準はこちらをご覧ください。

 

自由診療の場合は、全額が被害者の負担となりますから、損害は200万円です。健康保険診療の場合は、治療費の3割が自己負担ですから、損害は30万円です。治療費の他の損害は、休業損害が100万円慰謝料が100万円だったとします。

 

この条件で、自由診療と健康保険診療で最終的に受け取る賠償金額がどれだけ違うか見てみましょう。

 

自由診療 健康保険診療
治療費
(自己負担)
200万円
(200万円)
100万円
(30万円)
休業損害 100万円 100万円
慰謝料 100万円 100万円
損害額(合計) 400万円 230万円
賠償額
(過失相殺率80%)
80万円 46万円
既払金
(治療費)
200万円 30万円
受取額 -120万円 16万円

 

被害者の損害は、自由診療の場合は400万円、健康保険診療の場合は230万円です。

 

過失相殺率が80%ですから、賠償額は、自由診療の場合が80万円、健康保険診療の場合が46万円です。厳密にいうと、自賠責保険と任意保険では過失相殺による減額率が異なりますが、ここでは考慮していません。

 

損害額と賠償額との差額(過失相殺額)は、被害者の負担となります。つまり、自由診療の場合は320万円、健康保険診療の場合は184万円が、被害者の自己負担です。

 

また、自由診療の場合は、たいてい任意一括払い方式で、損保会社が治療費を医療機関に直接支払います。そのため、賠償金の計算では、治療費の200万円を既払い金として差し引きます。

 

そうすると、被害者は120万円もらい過ぎていることになり、損保会社に返金しないといけない計算になるのです。

 

健康保険診療の場合は、患者(被害者)が自己負担分を医療機関の窓口で支払います。被害者が支払った治療費については、先に損保会社に請求することもあれば、その他の損害も全部合わせて賠償請求することもあります。

 

治療費を先に受け取っていれば30万円が既払い金になりますから、賠償額から差し引いて、最終的に受け取る賠償金額は16万円です。既払金がなければ、賠償金の手取額は46万円となります。

 

被害者の過失割合が大きいときは、健康保険を使わないと損することになりますから、注意してください。

加害者が任意保険に加入していない場合は、健康保険を使う

相手が任意保険に加入していない場合には、健康保険を使って治療しましょう。

 

任意保険に加入していない場合は、自賠責保険の範囲でしか賠償を受けられないのが実情です。

 

自賠責保険は、治療費や慰謝料など全てを合計した支払限度額が決まっています。傷害事故なら、120万円が上限です。

 

健康保険を使うと、治療費は3割の自己負担で済みます。治療費を抑えることで、自賠責保険から休業補償や慰謝料についても支払いを受けることができ、結果的に有利になる場合があるのです。

 

なお、軽い怪我で、自賠責保険の範囲内で全ての賠償が納まるなら、健康保険診療にこだわる必要はありません。

 

加害車両が自賠責保険にも加入していない場合は、政府保障事業に損害の填補を請求することになります。この場合は、健康保険を使って治療することが前提です。

治療期間が長期化しそうな場合は、健康保険の使用を検討する

加害者が任意保険に加入している場合は、基本的に賠償資力の心配はありません。

 

こういう場合は、原則として自由診療ですが、治療期間が長期化しそうなときは、健康保険の使用を検討する方がよい場合があります。

 

打撲や捻挫など短期間の通院で完治する場合は自由診療でよい

加害者が任意保険に加入しており、軽傷で比較的短期間の通院で完治する打撲や捻挫のような場合は、自由診療でよいでしょう。健康保険を使うメリットは、何もありません。

 

損保会社も、自賠責保険の範囲内で納まるようなケースにまで、あれこれ干渉することはなく、任意一括支払いの手続きを進めます。

 

むち打ち症などで治療が長期化しそうな場合は注意が必要です。保険会社による治療費支払い打ち切りの問題が発生することがあります。

 

治療期間が長くなるときや入院のときは健康保険の使用を検討する

事故現場から救急搬送されて入院となったような場合は、健康保険を使う方がよい場合があります。治療が長期化し、治療費が高額になるからです。

 

こういう場合は、たいてい保険会社から健康保険の使用について打診があります。

 

また、日本医師会のアンケート調査結果にあるように、医療機関も「長期の療養を要する等、医療費が多額になる場合」は「健保使用もやむを得ない」と考えています。

 

そう考えているのは医療機関全体で20.2%ですが、内訳を見ると、病院が30.6%、診療所が12.6%となっていることから、日本医師会は「入院での健保使用率の高さを裏付ける結果となっている」と分析しています。

 

通院であっても、むち打ち症などは治療期間が長期になる場合があります。被害者本人や医師は治療継続の必要性を感じていても、損保会社が治療費の支払いを打ち切ることがあります。そういう場合は、健康保険診療に切り替えて、治療を継続するべきでしょう。

 

この場合、治療費は、あとで損保会社に請求します。

 

入院の場合や、通院でも治療が長引く場合は、医療機関の側も健康保険の使用もやむを得ないと考えるケースですから、健康保険を使って治療したとしても、あとで診断書の発行などでトラブルになることは少なく、損保会社への損害賠償請求にあたって医療機関の協力を得られやすくなります。

まとめ

交通事故の治療は、自由診療が原則ですが、健康保険を使う方がよい場合があります。

 

加害者が不明な場合や任意保険に加入していない場合は、十分な損害賠償を受けられません。被害者の過失割合が大きい場合は、過失相殺により賠償金額が大幅に減額されます。健康保険を使って治療費を抑え、自己負担を減らすことが大切です。

 

また、加害者の任意保険があり賠償資力に問題はなく、被害者の過失が小さいとしても、治療が長期化する場合は、健康保険の使用を検討することが必要な場合もあります。

 

こういったケースは、健康保険の使用に医療機関の理解を得られやすいので、診断書の発行などで医療機関の協力も得やすくなります。

 

健康保険の使用で疑問に思うことやお困りのことがあれば、交通事故の損害賠償に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。

 

弁護士法人・響

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