交通事故で健康保険を使うメリット・デメリット

交通事故の治療は原則として自由診療ですが、患者本人が希望すれば、健康保険や国民健康保険を使うこともできます。

 

ただし、交通事故の治療に健康保険や国保を使うとよいケースは限られています。自由診療でなく保険診療とするメリット・デメリットを正しく理解し、健保や国保の使用を判断することが大切です。

 

それでは、交通事故の治療に健康保険や国民健康保険を使うメリット・デメリットを具体的に見ていきましょう。なお、ここでは健康保険を使って交通事故の診療を受ける場合について説明していますが、国保など他の公的医療保険を使う場合も同じです。

 

 

弁護士法人・響

交通事故の治療に健康保険を使う2つのメリット

交通事故の治療で健康保険を使うメリットは、大きく次の2つです。

 

健康保険を使う2つのメリット
  1. 損害賠償金の最終的な受取額が増える場合がある
  2. 治療費を抑えられ示談交渉で有利になる

 

それぞれ、詳しく見ていきましょう。

 

【1】損害賠償金の最終的な受取額が増える場合がある

事故のケースによっては、健康保険を使って治療すると、自由診療で治療する場合に比べて、最終的に受け取れる賠償金額が増えたり、有利になる場合があります。

 

おもに次の3つのケースです。

 

健康保険を使うと有利なケース
  1. ひき逃げで加害者が特定できない場合
  2. 被害者の過失が大きい場合
  3. 加害者が任意保険に加入していない場合

 

一般的に、医療機関は、交通事故の診療に健康保険の利用を嫌うのですが、日本医師会のアンケート調査によると、過半数の医療機関が、これらのケースは「健康保険を使う診療もやむを得ない」と判断しています。

 

医療機関が「健保使用もやむを得ないケース」と考えるトップ3
  1. ひき逃げ等で加害者が特定できない場合(60.9%)
  2. 患者側の過失が大きい場合(53.0%)
  3. 加害者が任意保険に未加入かつ支払能力がないと考えられる場合(50.8%)

※日本医師会の労災・自賠責委員会答申(2012年2月)より(複数回答可)

 

健康保険を使うと、どのように有利になるのか、具体的に見てみましょう。

 

①ひき逃げ等で加害者が特定できない場合

ひき逃げ等で加害者が特定できない場合は、加害者の自賠責保険や任意保険も不明ですから、請求のしようがありません。

 

こういう場合は、政府の保障事業に請求することになります。

 

政府保障事業は、健康保険の使用が前提になっています。健康保険を使ってないと、政府保障事業から損害の填補を受けられません。そうなると、最低限の公的補償すら受けられないことになります。

 

②被害者の過失が大きい場合

被害者の過失が大きい場合は、過失相殺の関係で、健康保険を使うのと使わないのとでは、最終的に受け取れる賠償金額に大きな差が出ます。

 

この場合、相手が任意保険に加入していれば、健康保険を使うと賠償金の手取額が増えます。

 

治療費について過失相殺されるのは、被害者が負担した部分です。自由診療なら治療費の全額が過失相殺の対象となりますが、健康保険を使っていれば、治療費のうち3割の自己負担額が過失相殺の対象になります。

 

その結果、最終的に受け取れる賠償額が、健康保険を使った方が多くなるのです。

 

イメージしづらいと思いますので、具体的に考えた方がよいでしょう。具体例はこちらで紹介していますから、ご覧になってみてください。

 

③加害者が任意保険に加入していない場合

加害者が任意保険に加入していない場合は、加害者側に賠償資力がなければ、自賠責保険の範囲でしか損害賠償を受けることができません。

 

自賠責保険は、治療費の支払い限度額が120万円と決まっていますから、その上限額を超える治療費は、損害賠償を受けられないことになります。

 

しかも、この120万円には、治療費のほか、休業損害補償や傷害慰謝料も含みます。

 

自由診療だと治療費の全額が自己負担となりますから、治療費だけで120万円に達することがあります。そうなると、休業補償や慰謝料を受け取れなくなってしまいます。

 

一方、健康保険を使えば3割の自己負担で済みますから、治療費が120万円を超える可能性は低くなります。その分、休業補償や慰謝料を確保できるわけです。

 

この場合は、健康保険を使ったからといって、自賠責保険の120万円を超えて賠償金額が増えるわけではありません。

 

しかし、「交通事故で被った損害をどれだけ回復できるか」と考えると、健康保険を使って治療費の自己負担額を少しでも低く抑えることで、結果的には有利になるのです。

 

【2】治療費を抑えられるので、示談交渉で有利になる

健康保険診療は、診療単価が1点10円です。一方、自由診療は、診療報酬を医師と患者との間で自由に決められます。一般的には自賠責診療費算定基準にもとづき、1点20円程度にすることが多いようです。

 

つまり、健康保険を使う保険診療は、自由診療の場合に比べて、治療費が概ね半分になるということです。保険会社は、支払う保険金を安く抑えられます。健康保険を使って治療費を抑えることに協力したということで、示談交渉を有利に進められるというわけです。

 

特に、治療が長引き、治療費が高額になりそうなときは、途中からでも健康保険診療に切り替えた方がよい場合があります。

 

ただし、あくまでも有利な交渉材料になるというだけであって、そのことによって示談金(賠償金)が増えるわけではありません。

 

そもそも、健康保険診療にして喜ぶのは損保会社です。医療機関は、診療報酬が安くなるのに、義務のない自賠責様式の書類作成などを患者から要請され、負担が増えます。当然、快くは思いません。協力してくれる医療機関もありますが、拒否する医療機関もあります。拒否されても何も言えません。

 

例えば、自賠責様式の後遺障害診断書の作成を拒否されると、後遺障害等級の認定申請ができず、後遺障害についての損害賠償を受けられないことになります。つまり、示談交渉の前に、賠償請求そのものができないということにもなりかねないのです。

 

詳しくは、次の「交通事故の治療に健康保険を使う5つのデメリット」をご覧ください。

交通事故の治療に健康保険を使う5つのデメリット

交通事故の治療に健康保険を使うと、医療機関は、健康保険法等の規制が適用され、その一方で、損保会社との関係(治療費の請求・支払い)がなくなります。

 

そのことから、患者に様々なデメリットが生じます。交通事故の治療に健康保険を使うと、どんなデメリットがあるのか、具体的に見てみましょう。

 

交通事故の治療に健康保険を使う5つのデメリット
  1. 患者自身が、自分の加入している健康保険組合に「第三者行為の届出」をして、健康保険を使う了承を得る必要があります。
  2. 保険適用される治療には制約があり、十分な治療を受けられない場合があります。
  3. 治療の都度、医療費の一部負担金を医療機関の窓口で支払わなければいけません。
  4. 健康保険診療には症状固定や後遺障害の概念がないので、後遺障害等級の認定請求が困難になることがあります。
  5. 医療機関には、自賠責様式の書類(診断書・明細書・後遺障害診断書)を作成する義務がなくなり、診断書は、医療機関所定のものを交付され、診療報酬明細書は、自分で健康保険組合等に開示請求することになります。

 

【1】「第三者行為による傷病届」の提出が必要

健康保険を使って治療するには、健康保険組合に「第三者行為による傷病届」を提出し、健康保険を使用することについて了承を得る必要があります。

 

第三者の行為による傷病であることの届出が必要なのは、あとで健康保険組合から加害者(損保会社)に治療費を求償するためです。

 

提出を怠ると、健康保険組合から損保会社に求償できませんから、本来なら治療費として自動車保険から支払われる保険金が支払われず、自身の加入する健康保険組合に損害を与え、相手方の損保会社を利することになります。

 

【2】治療に制約があり、十分な治療をできないことがある

健康保険診療だと、保険適用外の診療を受けられず、使用できる薬の種類や量、リハビリの回数などにも制限があります。診療内容が制限され、十分な治療を受けられないことがあります。

 

この点について、日本医師会は次のように指摘しています。

 

交通事故診療を担う医療の現場では、医療機関に搬送直後から患者の全身状態を素早く確認するとともに、あらゆる可能性を考慮しながら、早期に集中的な治療を行う必要がある。

 

こうした患者の治療に対し、法律、療担規則などの縛りの多い、いわゆる制限診療につながる現行の健康保険を適用するということは、結果的に十分な治療を提供できず、被害者の不利益につながる可能性がある。

 

(日本医師会 労災・自賠責委員会 答申(平成24年2月2日)より抜粋)

 

救急搬送された重症患者の急性期治療では医師会の主張する通りですが、交通事故の治療は、頸椎捻挫など軽度の傷害(傷害度1)が85%と大半(損害保険料算出機構『自動車保険の概況』2017年3月)であることも事実です。

 

裁判でも、次のような判断が示されています。

 

保険診療においては診療内容につき法及び規則に基づく制約が存在するために、保険診療によっては交通事故による傷害に対して十分な診療を施すことができないとは速断しえない。

 

現在では健康保険で施すことができない治療方法はなく、…医師が自由診療を選択しているのは、医学的な理由によるのではなく、経営上の判断に基づくものと考えていることが認められ、…公的医療機関に比較して私的医療機関において自由診療の割合が高いことは、右の見解を裏付けるものである。

 

(東京地裁判決(平成元年3月14日)より抜粋)

 

こうしたことから、診療内容に制約があることの影響を受けるケースは、ごく一部に限られるといえます。ですが、影響のあることも事実です。

 

患者の救命・治療が使命の医療機関と、保険金を支払いたくない損保会社との対立がる部分です。個別状況に応じて判断することが大事です。

 

【3】治療の都度、医療費の窓口負担金を払わないといけない

健康保険法は、医療費の自己負担金(一部負担金)は患者が医療機関の窓口で支払うよう義務付けています。この原則は、交通事故による怪我の治療に健康保険を使う場合にも適用されます。

 

したがって、普段、病院にかかるときと同じように、通院のたびに、窓口で自己負担分を支払わなければなりません。

 

損保会社から「窓口負担分は、あとでウチが一括して支払うので、治療のたびに支払う必要はありません」などと説明されることがありますが、これは、健康保険を使うよう誘導するのが目的です。患者自身が窓口で支払わないと、本来は違法です。

 

健康保険法第74条(一部負担金)

……保険医療機関または保険薬局から療養の給付を受ける者は、その給付を受ける際、……、一部負担金として、当該保険医療機関または保険薬局に支払わなければならない。

 

【4】症状固定や後遺障害の概念がない

健康保険診療は、治療の必要性があれば診療対象となり、症状固定や後遺障害といった概念がありません。

 

したがって、原則としては、診断書に症状固定日を記載することができません。そうなると、後遺障害等級の認定請求もできず、後遺障害に対する賠償請求ができなくなることがあるのです。

 

【5】自賠責様式の診断書を発行してもらえない

交通事故の治療に健康保険を使うということは、医療機関としては、健康保険組合との関係が生じ、損保会社との関係はなくなります。

 

自由診療の場合、医療機関は、診療費を損保会社に請求し、自動車保険(自賠責保険・任意保険)から診療費が支払われます。

 

それに対して健康保険診療の場合、医療機関は、患者の加入する健康保険組合に対し、診療費(患者が窓口で支払った自己負担分を除く)を請求します。この場合、健康保険組合が医療機関に支払った診療費は、あとで健康保険組合が損保会社に求償します。

 

したがって、医療機関としては、損保会社に治療費を請求し支払ってもらうといった関係ではなくなり、自賠責様式や損保会社所定の診断書・明細書・後遺障害診断書を書く義務がなくなるのです。

 

保険会社に賠償請求するときの診断書等はどうすればいい?

保険会社に治療費など賠償請求するのに診断書が必要ですし、後遺障害等級の認定には後遺障害診断書が必要です。その場合は、医療機関所定の診断書を発行してもらい、代用することになります。

 

診療費の明細は、領収書を活用することになります。診療報酬明細書が必要な場合は、自身が加入する健康保険組合に開示請求しなければなりません。

 

損害保険料率算出機構では、「各医療機関所定の診断書でも必要事項の記載があれば、自賠責保険の支払手続(後遺障害等級の認定も含む)を行う」としています。
(参考:『Q&Aハンドブック交通事故診療・全訂新版』創耕舎「Q64健保使用の場合の自賠責の診断書・明細書」)

 

自賠責様式の診断書でなくても、医療機関所定の診断書でも代用できますが、適正な損害賠償を受けられるように必要事項が漏れなく記載されていることが大事です。心配な方は、交通事故に詳しい弁護士に相談するとよいでしょう。

 

自賠責様式の診断書を書いてくれる医療機関もある

健康保険を使って治療した場合でも、自賠責保険様式の診断書・明細書・後遺障害診断書を書いてくれる医療機関もあります。

 

ただし、これは本来作成義務がないにもかかわらず、医療機関が協力してくれているもので、医療機関に多大な負担を与えていることは承知しておいてください。

 

日本医師会が全国の医療機関に対して行ったアンケート調査によると、「健保を使用しているにもかかわらず、損保会社所定の書類作成を求められるケースがあるか」という問に対し、「ある」と回答した医療機関が70.4%、そのうち、「患者の請求・支払い等を考え、損保会社所定の様式で作成し、患者に交付している」と回答した医療機関が63.6%となっています。

 

※参考:日本医師会「労災・自賠責委員会答申」(2012年2月)

まとめ

健康保険を使うメリットがあるのは、加害者が特定できない場合や任意保険に加入していない場合、あるいは被害者の過失が大きい場合です。

 

それ以外の場合は、健康保険を使うことによるデメリットを考えて判断することが大切です。健康保険を使うのは「損保会社を喜ばすだけ」となることが多いからです。

 

健康保険を使うデメリットのうち、よく問題になるのが、健康保険を使うと医療機関には自賠責様式の診断書やレセプトを作成する義務がなくなり、損害賠償請求に必要な書類を医師に作成してもらえなくなることです。

 

基本的には、医療機関所定の診断書で代用でき、医師の協力により自賠責様式の書類の交付を受けられることもあります。

 

交通事故での健康保険の使用について不明な点や疑問に感じる点がある方は、交通事故の損害賠償に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。

 

弁護士法人・響

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