交通事故の逸失利益算定方式についての「三庁共同提言」

交通事故による逸失利益の算定方式についての「三庁共同提言」

交通事故による逸失利益の算定方式について、東京地裁・大阪地裁・名古屋地裁の民事交通部が共同提言を発表し、全国で基本的に同じ運用がなされています。三庁共同提言の内容について解説しています。

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三庁共同提言

 

東京地裁・大阪地裁・名古屋地裁の民事交通部が、「交通事故による逸失利益の算定方式についての共同提言」(1999年(平成11年)11月22日)を発表しました。これを「三庁共同提言」と呼びます。

 

三庁共同提言が発表されて以降、全国の地方裁判所における逸失利益の算定は、おおむね共同提言の内容に沿って行われています。三庁共同提言が発表された背景、共同提言の内容について、見ていきましょう。

 

基礎収入の認定と中間利息の控除の方法を統一

三庁共同提言は、交通事故による逸失利益の算定において最も重要な「基礎収入の認定」と「中間利息の控除」の方法について、同一の方式を採用することを、東京地裁・大阪地裁・名古屋地裁の民事交通部が合意したものです。

 

三庁共同提言が発表されたことにより、それまで、特に幼児・生徒・学生など若年者の逸失利益の算定額に地域間格差(裁判所により算定額に大きな差異)を生じていた問題が解消されました。

 

東京地裁民事第27部・大阪地裁第15民事部・名古屋地裁民事第3部は、全国の地方裁判所の中で交通事故による損害賠償請求訴訟を専門的に取り扱う部です。交通事故の裁判や実務において「指導的立場」にあるとされ、三庁共同提言には大きな意味があります。

 

ただし、三庁共同提言は、各裁判官の個々の事件における判断内容を拘束するものではなく、いわば「運用指針」です。

「三庁共同提言」が発表された背景

全国の裁判所で大量の交通事故損害賠償請求事件を適正・迅速に解決しなければならないことから、人身損害賠償額の算定基準の定額化・定型化が進んでいます。

 

そんな中で、特に問題となっていたのが「幼児・生徒・学生など年少者・若年者の逸失利益の算定方式」です。

 

逸失利益の算定方式が裁判所によって異なっていた

最高裁が1964年に「幼児の逸失利益は算定可能」と判断し、その算定にあたって「裁判所は、諸種の統計表その他の証拠資料に基づき、経験則と良識を活用して、できるかぎり客観性のある額を算定すべき」と指摘しました。

 

その後、下級裁判所では、年少者の逸失利益について様々な算定方式がとられ、主な方式として次の2つがありました。

 

  • 賃金センサスの全年齢平均賃金を基礎として、ライプニッツ係数で中間利息を控除する方式(東京方式)
  • 賃金センサスの18歳ないし19歳の平均賃金(初任給固定賃金)を基礎として、ホフマン係数で中間利息を控除する方式(大阪方式)

 

それぞれ、主に東京地裁で採用されていたので「東京方式」、主に大阪地裁や名古屋地裁で採用されていたので「大阪方式」と呼ばれていました。

 

しかし、「東京方式」と「大阪方式」のいずれの算定方式を採用するかによって、特に年少者の逸失利益の算定額に1千万円以上もの差異が生じることがあり、社会問題化していました。

 

訴え出た裁判所によって、損害額の算定方式による違いから、認められる金額に大きな差が生じるようでは、裁判所の信頼感が損なわれます。

 

「共同提言」は、次のように述べています。

 

大量の交通事故による損害賠償請求事件の適正かつ迅速な解決の要請、被害者相互間の公平及び損害額の予測可能性による紛争の予防などの観点に照らせば、前記の算定方式の差異から生じる地域間格差の問題を早急に解決することが求められているものといわざるを得ない。

 

こうした背景から、東京地裁・大阪地裁・名古屋地裁の民事交通部による「共同提言」の発表に至ったのです。

 

 

東京方式と大阪方式で逸失利益が具体的にどれだけ違うか

「東京方式」と「大阪方式」とで逸失利益の算定額にどれだけ差が生じるか、具体的な事例で見てみましょう。

 

14歳男子の死亡事故
被害者 14歳・男子
事故日 平成28年3月(死亡事故)

 

 

基礎収入(年収)

基礎収入は、平成28年の賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計の男性平均賃金を使用します。

東京方式 (男子の全年齢平均賃金)549万4,300円
大阪方式 (18歳~19歳の男子の平均賃金)251万4,500円

※[年収]=[決まって支給する現金給与額]× 12 +[年間賞与その他特別支給額]

 

生活費控除率

生活費控除率は 50%です。

 

ライプニッツ係数

ライプニッツ係数表(年金現価表)より、
就労終期(67歳)までの年数53年(67歳-14歳)に対応する係数が 18.49340
就労始期(18歳)までの年数4年(18歳-14歳)に対応する係数が 3.54595

 

適用するライプニッツ係数は、18.49340-3.54595=14.94745

 

ホフマン係数

ホフマン係数表(年金現価表)より、
就労終期(67歳)までの年数53年(67歳-14歳)に対応する係数が 25.53538
就労始期(18歳)までの年数4年(18歳-14歳)に対応する係数が 3.56437

 

適用するホフマン係数は、25.53538-3.56437=21.97101

 

死亡逸失利益の計算と比較

以上を死亡逸失利益の計算式にあてはめると、

 

東京方式

549万4,300円 ×(1-0.5)× 14.94745
= 4,106万2,894円

大阪方式

251万4,500円 ×(1-0.5)× 21.97101
= 2,762万3,055円

※ 死亡逸失利益 = 基礎収入 ×(1-生活費控除率)× 就労可能年数に対応する中間利息控除係数

 

「東京方式」の方が、1,343万9,839円も逸失利益が大きく算定されます。

「三庁共同提言」の内容

「三庁共同提言」の骨子は、次の2つです。

 

  • 幼児・生徒・学生、専業主婦、若年者の場合は、基礎収入を全年齢平均賃金または学歴別平均賃金によることとし、それ以外の者は、事故前の実収入額によることとする。
  • 中間利息の控除方法は、特段の事情のない限り、年5分の割合によるライプニッツ方式を採用する。

 

ほぼ「東京方式」を踏襲したものとなっています。詳しく見てみましょう。

 

参考:「交通事故による逸失利益の算定方式についての共同提言」(判例タイムズ №1014)

 

基礎収入の認定方法

基礎収入の認定方法については、「幼児・生徒・学生の場合、専業主婦の場合、若年者の場合」と「それ以外の者の場合」と大きく2つに分かれます。賃金センサスの平均賃金を使うか、実収入額を使うか、の違いがあります。

 

被害者 基礎収入
幼児・生徒・学生 全年齢平均賃金
専業主婦 全年齢平均賃金
若年者

全年齢平均賃金
※おおむね30歳未満で、生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められる場合。

それ以外の者 事故前の実収入額

 

補足
  • 賃金センサスの平均賃金を採用するときは、原則として、死亡の場合は「死亡した年」の平均賃金、後遺障害の場合は「症状固定の年」の平均賃金によります。
  • 若年者の場合で平均賃金を採用するのは、事故前の実収入額が全年齢平均賃金よりも低額である場合です。実収入額の方が高ければ、実収入額によります。
  • おおむね30歳未満の若年者については、「生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性」が認められる場合には、全年齢平均賃金を採用し、認められない場合には、年齢別平均賃金や学歴別平均賃金の採用等も考慮します。

 

基礎収入の算定方法
被害者 基礎収入
給与所得者

原則として事故前の実収入によります。

ただし、事故前の実収入額が年齢別平均賃金より低額の場合、おおむね30歳未満の者については、生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然怪が認められる場合には、全年齢平均賃金を採用し、認められない場合には、年齢別平均賃金や学歴別平均賃金の採用等も考慮します。

事業所得者

原則として申告所得額によります。

ただし、事故前の申告所得額が年齢別平均賃金よ低額の場合、おおむね30歳未満の者については、上記の給与所得者の場合と同様です。

専業主婦

原則として全年齢平均賃金によります。

ただし、年齢・家族構成・身体状況・家事労働の内容などに照らし、生涯を通じて全年齢平均賃金に相当する労働を行い得る蓋然性が認められない特段の事情が存在する場合には、年齢別平均賃金を参照して適宜減額します。

有職主婦 実収入額が、全年齢平均賃金を上回っているときは、実収入額を採用し、下回っている場合は、専業主婦の場合と同様です。
幼児・生徒・学生

原則として全年齢平均賃金によります。

ただし、生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められない特段の事情が存在する場合には、年齢別平均賃金または学歴別平均賃金の採用等も考慮します。また、大学生やこれに準ずる場合には、学歴別平均賃金の採用も考慮します。

その他の
無職者

就労の蓋然性があれば、原則として年齢別平均賃金によります。
失業者

再就職の蓋然性のある場合、再就職によって得ることができると認められる収入額を基礎とします。失業前の実収入額や全年齢平均賃金または年齢別平均賃金などを参考とします。

ただし、再就職によって得られる予定の収入額または失業前の実収入額が、年齢別平均賃金より低額の場合、おおむね30歳未満の者については、給与所得者の場合と同様です。

 

中間利息の控除方法

交通事故による逸失利益の算定における中間利息の控除方法については、特段の事情がない限り、年5分の割合によるライプニッツ方式を採用します。

 

 

ライプニッツ方式を採用した理由

ライプニッツ方式を採用することにした理由は、次の2点です。

 

1.ライプニッツ方式とホフマン方式との間で係数に顕著な差異が生じるのは、中間利息の控除期間が長期間にわたる場合であり、その典型例というべき幼児・生徒・学生等の若年者の場合には、基礎収入の認定につき、初任給固定賃金ではなく、比較的高額の全年齢平均賃金を広く用いることとしている。

 

2.ホフマン方式の場合には、就労可能年数が36年以上になるときは、賠償金元本から生じる年5分の利息額が年間の逸失利益額を超えてしまうという不合理な結果となるのに対し、ライプニッツ方式の場合には、そのような結果が生じない。

 

そもそも、ホフマン方式は単利計算、ライプニッツ方式は複利計算ですから、ホフマン方式の方が控除される利息が少なく算定される(ホフマン係数の方がライプニッツ係数より大きい)ので、逸失利益が大きく算定されます。

 

つまり、ホフマン方式の方が被害者には有利なのですが、基礎収入の認定に、18歳から19歳の初任給平均賃金でなく、昇給分を考慮できる全年齢平均賃金を用いるので、ライプニッツ方式が妥当というのが[1]の理由です。

 

「2」の「ホフマン方式は36年以上になると不合理な結果になる」という点については、詳しい説明がいると思います。興味のある方は次をご覧ください。

 

 

中間利息の利率を年5分とした理由

中間利息の利率については、「最近の金利状況に照らせば、定期預金等による資金運用によっても年5分の割合による複利の利回りでの運用利益を上げることが困難な社会情勢にあることは否めない」としながら、「年5分の割合」としました。

 

その理由については、次の事情をあげています。

 

  • 損害賠償金元本に附帯する遅延損害金については、民事法定利率が年5分とされている。
    (民法404条)
  • 過去の経験に基づいて長期的に見れば、年5分の利率は、必ずしも不相当とはいえない。
  • 個々の事案ごとに利率の認定作業をすることは、非常に困難であるのみならず、大量の交通事故による損害賠償請求事件の適正かつ迅速な処理の要請による「損害の定額化・定型化」の方針に反する。

 

なお、最高裁も、2005年(平成17年)6月14日に「損害賠償額の算定に当たり、被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は、民事法定利率によらなければならない」とする判決を出しています。

男女間格差の問題は先送り

逸失利益の算定にあたっては、被害者の収入が重要な要素となることから、男女間格差の問題も存在します。

 

しかし、男女間格差の問題について「三庁共同提言」では、「是正の必要性及びその可否について多くの検討すべき要素があり、直ちに解決することは困難」として先送りしました。原則として、男女別の全年齢平均賃金を使用することとされています。

 

女子の場合は、女性の低賃金の実態を反映した女性労働者の平均賃金を使うので、どうしても逸失利益が低く算定されてしまいます。

 

「賃金センサスに示されている男女間の平均賃金の格差は、現実の労働市場における実態を反映していると解される」(最高裁判決・昭和62年1月19日)といったように、現実の労働市場において男女間格差があるのだから、損害賠償額の算定にあたって男女間格差が生じるのはやむを得ないとする考えがあります。

 

しかし、特に年少者の男女間格差は問題があり、「三庁共同提言」発表以降、男女間格差を解消すべく、判例に変化が見えはじめています。

 

まとめ

東京地裁・大阪地裁・名古屋地裁の民事交通部による「交通事故による逸失利益の算定方式についての共同提言」(三庁共同提言)は、特に年少者の逸失利益の算定方式についての指針となるものです。

 

現在は、ほぼ「三庁共同提言」の内容に沿って逸失利益の算定を行っていますが、損害賠償額の算定は、個別具体的な事情を考慮して行われるべきものです。

 

保険会社が提示している賠償額に疑問を感じているなら、交通事故の損害賠償問題に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。示談交渉を弁護士に依頼するかどうかの判断は後からでもできます。まずは、専門家に相談してみることが大切です。

 

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公開日 2018-08-21 更新日 2023/03/16 11:45:59