交通事故民事訴訟における損害賠償の一部請求と過失相殺の方法

交通事故民事訴訟における損害賠償の一部請求と過失相殺の方法

交通事故における損害賠償請求訴訟では、損害賠償の一部請求をすることができます。過失相殺にあたっては、損害の全額から過失割合による減額をし、残額が請求額を超えないときはその残額が認められ、残額が請求額を超えるときは請求額が認められます。

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一部請求

 

交通事故の損害賠償請求訴訟では、損害賠償の一部請求をすることができます。過失相殺が想定される事案では、一部請求訴訟を提起する例が多く見られます。

 

なお、あとから残余の損害について賠償請求する場合には、一部請求であることを明示しておく必要があります。そうでないと、あとから残りの部分の損害賠償請求ができなくなってしまいます。

 

ここでは、どんなときに一部請求が有効か、一部請求の注意点、一部請求の場合の過失相殺の方法について、最高裁判例をもとに説明します。

 

損害賠償の一部請求が有効なケースとは?

交通事故における「損害賠償の一部請求」は、損害が確定した部分や勝訴が確実と考えられる部分から損害賠償請求し、残余の損害については、あとから改めて請求するか、放棄するものです。

 

損害賠償の一部請求をするのは、次のような場合です。

 

  • 相当因果関係の立証が難しい部分があり、立証が容易な部分に限って訴訟を提起する場合
  • 治療継続中で全損害額を確定できないものの、確定している損害部分だけでも早期に賠償請求したい場合
  • 一部は保険などを利用するので、それ以外の部分について訴訟を提起すれば十分な場合

 

なお、一部請求は、全部請求に比べて請求額が少なくなりますから、訴訟費用(貼用印紙代)の節約にもつながります。過失相殺が予想される事案では、訴訟費用の節約のため、最初から一部請求することはよくあります。

 

過失相殺が予想されるとき、なぜ一部請求が有効かは、あとから「一部請求における過失相殺の取り扱い」のところで説明します。

一部請求するときの2つの注意点

最高裁判例は、原則として「損害賠償の一部請求」を認めており、残りの部分についても再度の請求をすることができます。

 

ただし、一部請求するときには注意すべき点が2つあります。1つは、訴訟を提起するときに、一部請求であることを明示する必要があること。もう1つは、損害賠償請求権の時効中断の効力が、請求した損害部分にのみ及ぶということです。

 

一部請求であることを明示することが必要

再度、損害賠償請求する考えがある場合は、一部請求であることを明示しておくことが必要です。あとから「前の請求は損害賠償の一部請求だった」と主張しても認められません。

 

このことについて判示した最高裁判例を紹介しておきます。

 

ある金額の支払を訴訟物の全部として訴求し勝訴の確定判決を得た後、別訴において、右請求をその訴訟物の一部である旨主張しその残額を訴求することは許されない。

 

最高裁判決(昭和32年6月7日)

 

1個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合に、右一部請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばない。

 

最高裁判決(昭和37年8月10日)

 

昭和37年の最高裁判決については、あとで「一部請求の明示が必要な場合」と「明示しなくてもよい場合」のところで解説します。

 

一部請求の時効中断効は残部に及ばない

損害賠償請求訴訟を提起すると、損害賠償請求権の消滅時効が中断します。

 

一部請求の訴えの提起による時効中断効(消滅時効中断の効力)は、明示されている一部請求についてのみ生じ、それ以外の部分には及びません。

 

1個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨明示して訴の提起があつた場合、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部の範囲においてのみ生じ残部に及ばない。

 

最高裁判決(昭和34年2月20日)

 

あとから残りの部分の損害について賠償請求しようと考えているときは、損害賠償請求権の消滅時効に注意する必要があります。

「一部請求の明示が必要な場合」と「明示しなくてもよい場合」

交通事故における損害賠償の一部請求をするとき、一部請求であることを明示していなければ後から再度の損害賠償請求が認められない場合と、一部請求であることの明示をしていなくても再度の請求が認められる場合があります。

 

それは、訴訟物が同一であるか、異なるか、によります。訴訟物とは、裁判における審判の対象です。損害賠償請求権と考えてよいでしょう。

 

訴訟物が1個の場合は、一部請求をして判決が確定したときに確定判決の既判力が残部に及ぶのに対し、別訴提起する訴訟物が異なる場合は、判決の既判力が残部に及ばないからです。

 

このことについて、上記昭和37年の最高裁判決で「1個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合」とあるのは、1個の訴訟物(損害賠償請求権)について一部請求した場合ということです。

 

この場合は、一部請求であることを明示していれば再度請求できますが、一部請求の明示がない場合は再度請求が認められません。、

 

訴訟物と確定判決の既判力の関係

確定判決の既判力の及ぶ範囲は、1個の訴訟物です。

 

ですから、異なる訴訟物の1個につき請求して判決が確定したとしても、その既判力は他の訴訟物に及びません。あとから別の訴訟物について提訴することができます。

 

例えば、人的損害と物的損害に対する賠償請求権は異なる訴訟物となりますから、物損部分を先に賠償請求し、あとから人損部分につき賠償請求することができます。

 

それに対して、1個の訴訟物の一部につき請求して判決が確定したとき、その既判力は残部にも及ぶため、再度請求することができなくなります。

 

ただし、訴え提起のときに一部請求であることを明示していれば、明示された一部のみが訴訟物となり、確定判決の既判力は残部に及びません。

 

人的損害は1個の訴訟物となりますから、先に治療費部分を請求し、あとから後遺障害部分を請求しようとするような場合は、一部請求であることを明示しないと、後遺障害部分の請求ができなくなってしまうことがあるので注意が必要です。

 

損害と訴訟物の関係

交通事故における損害には人的損害と物的損害がありますが、その賠償請求権が訴訟物としてどのように扱われるのか、判例や実務から見ておきましょう。

 

人的損害は1個の訴訟物

人的損害には、大別すると財産的損害・精神的損害があります。いくつかの損害項目(例えば治療費・休業補償・後遺障害逸失利益・慰謝料など)について賠償請求するとしても、人的損害は1個の訴訟物というのが判例の立場です。

 

同一事故により生じた同一の身体傷害を理由として財産上の損害と精神上の損害との賠償を請求する場合における請求権および訴訟物は、1個である。

 

最高裁判決(昭和48年4月5日)

 

人的損害と物的損害は訴訟物が異なる

人的損害と物的損害は、異なる訴訟物というのが判例の立場です。

 

上記昭和48年の最高裁判決は、人的損害に関するもので、物的損害との関係については明確になっていませんでしたが、次の昭和61年の最高裁判決により、人的損害と物的損害それぞれの損害賠償請求権は、訴訟物が異なるということが確認されました。

 

当該著作物に対する同一の行為により著作財産権と著作者人格権とが侵害された場合であっても、著作財産権侵害による精神的損害と著作者人格権侵害による精神的損害とは両立しうるものであって、両者の賠償を訴訟上併せて請求するときは、訴訟物を異にする2個の請求が併合されているものであるから、被侵害利益の相違に従い著作財産権侵害に基づく慰謝料額と著作者人格権侵害に基づく慰謝料額とをそれぞれ特定して請求すべきである。

 

最高裁判決(昭和61年5月30日)

 

物的損害は損壊した物件ごとに訴訟物が異なる

物的損害は、損壊した物件ごとに訴訟物が異なるというのが実務の立場です。

 

例えば、被害車両の修理費のみを請求し、代車費用を請求していないという場合は、一部請求であることを明示していないと、判決確定後に代車費用を請求しようとしても、既判力によって請求が遮断されます。

 

それに対して、車両に関する損害のみ賠償請求し、積載物の損害については請求していない場合、積載物の損害があることを明示していたかどうかに関わらず、積載物の損害賠償請求は、車両損害に関する確定判決の既判力によって遮断されることはありません。

一部請求における過失相殺の取り扱い

交通事故における損害賠償の一部請求には、大きく2つのケースがあります。

 

  1. 人的損害と物的損害が発生し、そのいずれか(人的損害か物的損害か)一方について、その全部を請求する場合
  2. 人的損害の一部のみ、あるいは物的損害の一部のみを請求する場合

 

①は、一部請求といっても、異なる訴訟物があって、そのうちの1個の訴訟物について全部請求するケースです。このような場合の過失相殺は、全損害額から過失割合分を差し引けばよいだけです。

 

注意が必要なのは②の場合です。

 

一部請求の場合の過失相殺の3つの方法

②のように、1個の訴訟物につき一部請求する場合の過失相殺の方法には、「按分説」「内側説」「外側説」の3つの考え方があります。

 

最高裁が「外側説」を採用した判決を出したことから、現在の実務では「外側説」で処理されるようになっています。

 

「按分説」「内側説」「外側説」は、それぞれ次のようなものです。

 

按分説 請求額を単純に過失割合に応じて減額する方法
内側説 請求額から「全損害額を過失割合に応じて減額すべき額」を控除する方法
外側説 全損害額を過失割合に応じて減額し、残額を請求額の範囲内で認容する方法

 

「外側説」と「按分説・内側説」との大きな違いは、「外側説」が、全損害額から過失割合分を減額するのに対して、「按分説・内側説」は、請求額から過失割合分を減額することです。

 

「外側説」「按分説」「内側説」の違いを具体的な事例で考えてみましょう。

 

事例

全損害額が1,000万円。そのうち600万円を一部請求します。
被害者の過失割合は3割とします。

 

「外側説」にもとづく過失相殺

全損害額1,000万円について3割の過失相殺を行い、仮に全部請求していると700万円までは認容されるので、請求額600万円については全額認容されることになります。

 

ちなみに、請求額が800万円だった場合は、認容額が700万円となります。

 

「按分説」にもとづく過失相殺

請求額600万円について3割の過失相殺を行い、認容額は420万円となります。

 

請求していない400万円(1,000万円-600万円)の損害については審判外で、過失割合が請求部分と未請求部分とで等しくなることが公平という考え方です。

 

「内側説」にもとづく過失相殺

全損害額1,000万円の3割にあたる300万円を、請求額600万円から控除した300万円が認容額となります。

 

被害者に不利な結論となり、現在では、これを支持する判例はないようです(新版『交通事故の法律相談』学陽書房)

 

一部請求における過失相殺の方法についての最高裁の判例

一部請求の場合の過失相殺について、「外側説」を採用した最高裁の判断は次の通りです。

 

不法行為に基づく1個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に、過失相殺をするにあたっては、損害の全額から過失割合による減額をし、その残額が請求額を超えないときは右残額を認容し、残額が請求額を超えるときは請求の全額を認容することができるものと解すべきである。

 

最高裁判決(昭和48年4月5日)

 

最高裁判決は「外側説」を採用する根拠として、「このように解することが一部請求をする当事者の通常の意思にもそうもの」と述べています。

 

過失相殺が行われ得る事案の場合、一部請求する当事者としては、過失相殺により一定程度減額されることは予想されます。

 

ですから、あらかじめ過失相殺により減額されるであろう額を考慮し、認容される見込みのある部分に限り、少なくともこの額だけ請求しようと考える場合があります。

 

請求額を少なくすることで、訴訟費用(貼用印紙額)を節約することもできます。

 

したがって、「外側説」にもとづく過失相殺の方法こそが、一部請求する当事者の合理的な意思に合致するというのが、最高裁の判断です。

まとめ

損害賠償の一部請求は、過失相殺が予想される事案で利用されることがよくあります。請求額が少なくなる分、訴訟費用の節約にもつながります。

 

そのほか、後遺障害の損害確定が長引き治療費の請求を先にしたいときや、人損の請求を後回しにして物損の請求を先行させたいときなど、一部請求を利用することができます。

 

ただし、一部請求する際には、一部請求であることを明示していないと、あとから残部の損害賠償請求をできなくなることがあるので注意が必要です。

 

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公開日 2018-05-12 更新日 2023/03/18 13:28:15