自賠責への被害者請求と社会保険の求償が競合するとき

交通事故で被害者が健康保険や労災保険から給付を受けても、なお損害を填補できないときは、自賠責保険に直接請求することができます。この場合、自賠責保険に対する「被害者の直接請求権」と「社会保険者の求償権」が競合することがあります。

 

かつては、自賠責保険会社が、請求額に応じて按分して支払っていましたが、公的医療保険と労災保険について最高裁の判決が出そろい、被害者の直接請求権が保険者の求償権に優先することが確定しています。

 

 

 

弁護士法人・響

被害者の直接請求と社会保険者の求償請求が競合する場合とは

自賠責保険に対する「被害者の直接請求」と「社会保険者の求償請求」が競合するのは、加害者が任意保険に加入していないケースが大半です。

 

加害者が任意保険に加入していない場合は、事実上、自賠責保険の範囲でしか損害賠償を受けられません。被害者の請求と社会保険者の求償が競合したとき、どれだけ被害者の取り分が多くなるかは重大な問題です。

 

労災保険あるいは健康保険を使って保険給付を受けたとき、被害者の直接請求権と社会保険者の求償権が、どう競合するのか見ておきましょう。

 

 

被害者が労災保険を自賠責保険に先行して使った場合

業務中や通勤途中に交通事故に遭った場合は、自賠責保険だけでなく、労災保険も使えます。支給される範囲や額が違い、一方だけでは損害を填補しきれないことが多く、たいていは両方使います。

 

どちらを先に使うかは、特に決まりはありません。被害者が有利になるよう選択することができます。

 

労災保険給付で損害填補できないときは、自賠責保険に請求する

自賠責保険と労災保険の違いを簡単に見ておきましょう。自賠責保険と労災保険のメリット・デメリットについて詳しい比較はこちらをご覧ください。

 

自賠責保険は、交通事故による損害(積極損害・消極損害・慰謝料)の全てが支払い対象ですが、支払限度額が決まっています。例えば、傷害事故なら、治療費・休業補償・慰謝料すべて合わせて120万円が支払上限額となります。

 

一方、労災保険は、慰謝料の給付はなく、休業損害も6割までしか填補されませんが、自己負担なしで治療でき、自賠責保険の支払限度額のような給付上限はありません。

 

つまり、労災保険からの給付で損害を填補しきれない額については、自賠責保険に請求する必要があるのです。

 

被害者の直接請求権と国の求償権が競合する

労災保険からの給付額を限度に、国は、加害者側(自賠責保険を含む)に求償できます。保険給付した額は、本来、加害者が被害者に損害賠償すべきもので、それを労災保険が立て替えて支払っているからです。

 

ところが、自賠責保険には支払限度額があります。自賠責保険に対する被害者の請求額と国の請求額の合計が、自賠責保険の支払限度額を上回る場合は、どうやって保険金を支払うかが問題となるのです。

 

これが、被害者の直接請求権と労災保険者の求償権との競合です。

 

被害者が健康保険や国保を使って診療を受けた場合

交通事故の治療にも健康保険や国保が使えますから、被害者は病院で3割の自己負担分だけ支払い、残り7割は保険給付となります。

 

被害者は、治療費の3割の自己負担分や通院費、休業補償、慰謝料などを自賠責保険に請求できます。

 

一方、健康保険や国保の保険者は、保険給付した額の限度において、自賠責保険に対し代位請求する権利を取得します。

 

この場合も、被害者の請求額と社会保険者の請求額が、自賠責保険の支払限度額を上回るときは、どうやって保険金を支払うかが問題となるのです。

 

これが、被害者の直接請求権と公的医療保険者の求償権との競合です。

被害者請求と求償請求が競合したとき、請求額で按分していた

かつての自賠責保険の実務では、「被害者からの直接請求」と「社会保険者からの求償」が競合した場合、債権額(請求額)に応じて按分する方法が採られてきました。

 

被害者の直接請求権と社会保険者の求償権は、同質・同順位の債権だからです。

 

健康保険や労災保険の保険者は、受給権者である被害者に給付した額を限度に、被害者の損害賠償請求権の代位請求権を取得します。代位取得によって、債権の法的性格が変わるわけではありません。

 

この代位取得した損害賠償請求権の中に、自賠責保険に対する直接請求権が含まれます。

 

法律上の求償規定

社会保険者が、保険給付により被害者の損害賠償請求権を代位取得する法律上の根拠は、次の規定によります。

 

例えば、労働者災害補償保険法では「政府は、保険給付の原因である事故が第三者の行為によつて生じた場合において、保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する」(第12条の4第1項)と定めています。

 

同様の求償規定が、健康保険法(57条1項)や国民健康保険法(64条1項)にもあります。

 

この求償規定にもとづき、被害者の有する損害賠償請求権(直接請求権を含む)を社会保険者が取得します。

 

自賠責保険への請求は「早い者勝ち」

被害者の直接請求と社会保険者の求償請求が競合するのは、両者から自賠責保険に請求している場合です。

 

いずれか一方の請求に対する支払い時に、他方が請求していない場合は、そのまま請求者に支払われ、請求の競合による優劣問題は生じません。

 

こういうと語弊があるかもしれませんが、結局、自賠責保険への請求は「早い者勝ち」なのです。

健康保険や国保から医療給付を受けた場合の直接請求権の競合

健康保険や国保の求償権と被害者の直接請求権が競合する場合、自賠責保険の支払いは、被害者への支払いを優先するという最高裁の判断が、2008年(平成20年)2月19日に出ています。

 

老人保健法にもとづき、保険者が医療給付により代位取得した直接請求権を行使したところ、被害者も医療給付以外の未填補損害額について直接請求し、保険者と被害者の直接請求が競合した事案です。

 

自賠責保険会社は、保険金額120万円を保険者の給付額と被害者の未填補損害額に按分して支払うとして、被害者からの全額支払いの請求を拒否し、裁判となりました。

 

最高裁判決(平成20年2月19日)

公的医療保険の保険者の求償請求と被害者の直接請求が競合した場合の自賠責保険の保険金支払いについて、最高裁は次のような判断を示しました。

 

被害者が医療給付を受けてもなお填補されない損害(未填補損害)について直接請求権を行使する場合は、他方で、市町村長が老人保健法41条1項により取得した直接請求権を行使し、被害者の直接請求権の額と市町村長が取得した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても、被害者は、市町村長に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で自賠法16条1項に基づき損害賠償額の支払を受けることができるものと解するのが相当である。

 

その理由について、判決で次のように述べています。長くなりますが、あとで紹介する労災保険の場合と比較できるよう、全文を引用しておきます。

 

  1. 自賠法16条1項は、同法3条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときに、被害者は少なくとも自賠責保険金額の限度では確実に損害の填補を受けられることにして、その保護を図るものであるから(同法1条参照)、被害者において、その未填補損害の額が自賠責保険金額を超えるにもかかわらず、自賠責保険金額全額について支払を受けられないという結果が生ずることは、同法16条1項の趣旨に沿わないものというべきである。
  2.  

  3. 老人保健法41条1項は、第三者の行為によって生じた事由に対して医療給付が行われた場合には、市町村長はその医療に関して支払った価額等の限度において、医療給付を受けた者(医療受給者)が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する旨定めているが、医療給付は社会保障の性格を有する公的給付であり、損害の填補を目的として行われるものではない

     

    同項が設けられたのは、医療給付によって医療受給者の損害の一部が填補される結果となった場合に、医療受給者において填補された損害の賠償を重ねて第三者に請求することを許すべきではないし、他方、損害賠償責任を負う第三者も、填補された損害について賠償義務を免れる理由はないことによるものと解され、医療に関して支払われた価額等を市町村長が取得した損害賠償請求権によって賄うことが、同項の主たる目的であるとは解されない。

     

    したがって,市町村長が同項により取得した直接請求権を行使することによって、被害者の未填補損害についての直接請求権の行使が妨げられる結果が生ずることは、同項の趣旨にも沿わないものというべきである。

 

この判決では、改正前の老人保健法の医療給付が問題となりましたが、判決理由は、公的医療保険すべてに当てはまります。

 

最高裁のWebサイトにリンクしています。

労災保険から保険給付を受けた場合の直接請求権の競合

公的医療保険の保険者からの求償権と被害者の直接請求権が競合した場合は、被害者の直接請求権が優先する、という最高裁判決が出た以降も、労災保険給付については、従来通り按分する方法が採られてきました。

 

平成20年の最高裁判決は、医療給付が損害の填補を目的として行われるものではないことを理由としており、災害補償は損害の填補を目的とするからです。

 

労災保険は、医療費用だけでなく損害の填補に当たる給付を含んでいると考えられるので、被害者の直接請求権は求償権に優先しないと解されてきました。
(『逐条解説 自動車損害賠償保障法』[第2版]弘文堂146ページ)

 

最高裁判決(平成30年9月27日)

労災保険給付により、国の求償権と被害者の直接請求権が競合する場合、自賠責保険の支払いは被害者への支払いを優先する、という最高裁の判決が、2018年(平成30年)9月27日に出ました。

 

仕事でトラックを運転中に、センターオーバーで走行してきた対向車両と正面衝突した事故で後遺障害が残った被害者が、労災保険給付だけでは損害を填補しきれず、相手の自賠責保険に直接請求した事案です。

 

労災保険給付により代位取得した国の求償権と被害者の直接請求権が競合し、自賠責保険会社は、按分して支払うと主張し争いました。

 

最高裁は、次のような判断を示しました。

 

被害者が労災保険給付を受けてもなお填補されない損害(未填補損害)について直接請求権を行使する場合は、他方で労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が行使され、被害者の直接請求権の額と国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても、被害者は、国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で自賠法16条1項に基づき損害賠償額の支払を受けることができるものと解するのが相当である。

 

その理由について、判決で次のように述べています。長くなりますが、全文を引用しておきます。先の公的医療保険の場合と比較してみてください。

 

  1. 自賠法16条1項は、同法3条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときに、被害者は少なくとも自賠責保険金額の限度では確実に損害の填補を受けられることにして、その保護を図るものであるから(同法1条参照)、被害者において、その未填補損害の額が自賠責保険金額を超えるにもかかわらず、自賠責保険金額全額について支払を受けられないという結果が生ずることは、同法16条1項の趣旨に沿わないものというべきである。
  2.  

  3. 労災保険法12条の4第1項は、第三者の行為によって生じた事故について労災保険給付が行われた場合には、その給付の価額の限度で、受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権は国に移転するものとしている。

     

    同項が設けられたのは、労災保険給付によって受給権者の損害の一部が填補される結果となった場合に、受給権者において填補された損害の賠償を重ねて第三者に請求することを許すべきではないし、他方、損害賠償責任を負う第三者も、填補された損害について賠償義務を免れる理由はないことによるものと解される。労働者の負傷等に対して迅速かつ公正な保護をするため必要な保険給付を行うなどの同法の目的に照らせば、政府が行った労災保険給付の価額を国に移転した損害賠償請求権によって賄うことが、同項の主たる目的であるとは解されない。

     

    したがって、同項により国に移転した直接請求権が行使されることによって、被害者の未填補損害についての直接請求権の行使が妨げられる結果が生ずることは、同項の趣旨にも沿わないものというべきである。

 

最高裁のWebサイトにリンクしています。

被害者請求が優先する理由は、医療保険も労災保険も基本的に同じ

最高裁判決によれば、医療給付の場合も、労災給付の場合も、被害者の直接請求権が、保険者の代位取得した直接請求権(求償権)に優先します。

 

その理由は、医療給付の場合も、労災給付の場合も、基本的に同じです。

 

平成20年の判決に「医療給付は社会保障の性格を有する公的給付であり、損害の填補を目的として行われるものではない」というのが理由にあったため、社会保障については当てはまるとされましたが、損害の填補を目的とする災害補償は該当しないとして、労災保険は被害者請求を優先せず、従来通り按分する方法が採られてきました。

 

しかし、最高裁が、被害者の直接請求権が優先されると判断した主要な理由は、そこではありません。今回の労災給付についての判決で明らかになりました。

 

つまり、被害者の直接請求権が、国や社会保険者の求償権に優先すると判断した理由は、次の点です。

 

  1. 自賠責保険制度の趣旨は、保険金で確実に損害の填補を受けられるようにし、被害者の保護を図るもので、被害者が保険金を優先的に受け取れないのは制度の趣旨に沿わない。
  2. 法律上の求償規定は、保険給付を受けた被害者が重ねて損害賠償請求できず、保険給付により被害者の損害が填補されても加害者は賠償義務を免れない、ことを明らかにしたもので、国や社会保険者の求償権によって、被害者の直接請求権が妨げられるべきではない。

 

なお、被害者の直接請求権(自賠法16条)は、「被害者が、保険会社に対して直接損害の填補を請求することができる旨を規定する本法の中核をなす規定」とされています。
(国土交通省自動車局保障制度参事官室監修『新版 逐条解説 自動車損害賠償保障法』ぎょうせい)

 

そもそも自賠法は、同法第1条で規定しているように、「自動車の運行によって人の生命または身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立することにより、被害者の保護を図」ることを目的として制定された法律です。

まとめ

最高裁は、2018年9月27日、労災保険を給付した国の求償権と被害者の直接請求権が競合した場合、「被害者は、国に優先して損害賠償額の支払を受けられる」とする判断を示しました。これまで按分して支払っていましたが、自賠責保険の運用が変更されます。

 

なお、医療保険については、10年前の2008年2月19日に、被害者の直接請求権が社会保険者の求償権に優先するという最高裁判決が出ており、すでに運用を変更しています。

 

損害賠償請求でお困りのときは、交通事故の損害賠償請求に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。

 

弁護士法人・響

 

参考文献

・『新版・交通事故の法律相談』青林書院 252~254ページ
・『交通事故判例解説』第一法規 146~147ページ
・『新版・逐条解説・自動車損害賠償保障法』ぎょうせい 関係条文解説ページ
・『逐条解説・自動車損害賠償保障法 第2版』弘文堂 関係条文解説ページ
・「自賠責 被害者へ多く 最高裁が初判断」日経新聞2018年9月28日付

関連ページ

交通事故損害賠償請求の法律上の根拠
交通事故の被害者が加害者に損害賠償請求でき法律上の根拠は、自動車損害賠償保障法(自賠法)第3条(運行供用者責任)と民法709条(不法行為責任)です。その違いについても解説しています。
交通事故で損害賠償請求できる相手方は誰か
自動車事故の被害者が損害賠償請求できる相手方は、加害車両の運転者だけではありません。相手が任意保険未加入で賠償資力がない場合は、誰を相手に損害賠償請求するかが重要です。
交通事故で賠償請求できる3つの損害|積極損害・消極損害・慰謝料
交通事故に遭った被害者が賠償請求できる損害には大きく分けて3種類あります。積極損害、消極損害、慰謝料です。
3つの損害賠償額算定基準|自賠責保険基準・任意保険基準・裁判所基準
交通事故の損害賠償額算定基準は、自賠責保険基準、任意保険基準、裁判所基準(弁護士会基準)の3種類があります。被害者は、損害額が最も高く算定される裁判所基準で算定し、交渉します。
交通事故で自賠責保険に被害者請求した方がよい3つのケース
交通事故被害者が自賠責保険・自賠責共済に被害者請求(直接請求)した方がよい、あるいはトクするケースは、主に3つあります。
任意保険の一括払い制度のメリット・デメリットと事前認定
人身事故の場合、任意保険会社が自賠責保険分を含めて賠償金を支払うのが一般的です。これを一括払い(一括支払い)といいます。一括払い制度では、任意保険会社は事前に自賠責保険に判断結果を求める手続き(事前認定)をとります。
幼児や小さな子供の交通事故による逸失利益も損害賠償請求できる
幼児や小さな子どもが交通事故の被害に遭い、後遺症(後遺障害)が残ったり、死亡したとき、治療費や慰謝料のほか、逸失利益も損害賠償請求することができます。
交通事故による逸失利益の算定方式についての「三庁共同提言」
交通事故による逸失利益の算定方式について、東京地裁・大阪地裁・名古屋地裁の民事交通部が共同提言を発表し、全国で基本的に同じ運用がなされています。三庁共同提言の内容について解説しています。
中間利息控除と逸失利益の計算|ライプニッツ方式・ホフマン方式
交通事故による後遺障害逸失利益・死亡逸失利益は、中間利息を控除して計算します。中間利息とは何か。なぜ中間利息控除するのか。中間利息控除の計算方法、代表的なライプニッツ方式とホフマン方式の違いを分かりやすく解説します。
後遺障害の労働能力喪失率
後遺障害逸失利益の算定では、労働能力喪失率が重要な要素です。通常は、自賠責保険の労働能力喪失率表が用いられますが、裁判では被害者の具体的事情を考慮して修正されることがあります。
民法改正で法定利率3%へ!交通事故損害賠償額の逸失利益が増える
債権関係規定(債権法)に関する改正民法が2017年5月26日に成立しました。法定利率が年5%から3%に引き下げられ、3年ごとに1%刻みで見直す変動制が導入されました。これにより逸失利益が増額となります。
賠償請求権者
交通事故の被害に遭ったとき、加害者に対して損害賠償請求ができるのは誰か、すなわち、損害賠償請求権のある者について、事故のケースごとにまとめています。
運行供用者責任
自動車損害賠償保障法では、運行供用者が損害賠償責任を負うことを規定しています。加害車両の運転者が運行供用者となるとは限りません。運行供用者とは誰か、その判断基準、運行供用者責任についてまとめています。
交通事故で後遺症が残ったときの損害賠償請求
交通事故で後遺症が残ったとき、後遺障害等級が認定されると、その等級に応じて後遺障害に対する損害賠償を受けることができます。
交通事故の損害賠償請求権・被害者請求権の消滅時効
交通事故の加害者に対する損害賠償請求権は3年で時効により消滅します。自賠責保険に対する被害者請求権も同じく3年で時効です。