健康保険の一部負担金の一括払い(健保一括)は本当に違法?

健康保険の一部負担金の一括払い(健保一括)は本当に違法?

健康保険や国民健康保険を使用して交通事故による怪我を治療するとき、被害者が病院の窓口で一部負担金を支払うことが法律で義務づけられています。一部負担金(被保険者の自己負担分)を任意保険会社による一括払い(健保使用一括払い)にすると、法律違反となるのでしょうか?

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健保一括は違法?

 

交通事故の治療に健康保険や国民健康保険を使用するときは、診療のたびに窓口で一部負担金(自己負担分)を支払わなければなりません。

 

この一部負担金を任意保険会社による一括払いにすることは、「健保使用一括払い」または「健保一括払い」と呼ばれ、病院側から断られます。一部負担金についての健康保険法や国民健康保険法の規定に違反するから、というのが理由です。

 

「健保使用一括払い」は、本当にできないのでしょうか?

 

一部負担金に関する法律の規定は?

まず、一部負担金について、法律でどのように規定されているか、見ておきましょう。健康保険法74条と国民健康保険法42条で、次のように定められています。

 

  • 被保険者は、「療養の給付を受ける際」に、一部負担金を保険医療機関等へ支払わなければならない。
  • 保険医療機関等は、一部負担金の支払いを受けるべきものとする。

 

該当する条文を抜粋しておきます。

 

健康保険法74条(一部負担金)

第1項 第63条第3項の規定により保険医療機関又は保険薬局から療養の給付を受ける者は、その給付を受ける際、次の各号に掲げる場合の区分に応じ、当該給付につき第76条第2項又は第3項の規定により算定した額に当該各号に定める割合を乗じて得た額を、一部負担金として、当該保険医療機関又は保険薬局に支払わなければならない
(以下、略)

 

第2項 保険医療機関又は保険薬局は、前項の一部負担金の支払を受けるべきものとし…。

 

国民健康保険法42条(療養の給付を受ける場合の一部負担金)

第1項 第36条第3項の規定により保険医療機関等について療養の給付を受ける者は、その給付を受ける際、次の各号の区分に従い、当該給付につき第45条第2項又は第3項の規定により算定した額に当該各号に掲げる割合を乗じて得た額を、一部負担金として、当該保険医療機関等に支払わなければならない
(以下、略)

 

第2項 保険医療機関等は、前項の一部負担金の支払を受けるべきものとし…。

※保険医療機関等の等とは、保険薬局です。

 

保険医療機関・保険薬局の一部負担金の受領義務については、療養担当規則(厚生省令)でも定めています。

 

保険医療機関及び保険医療養担当規則 5条

保険医療機関は、…法第74条の規定による一部負担金…の支払を受けるものとする

 

保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則 4条

保険薬局は、…法第74条の規定による一部負担金…の支払を受けるものとする

 

 

このように、被保険者が、療養の給付を受ける際に、一部負担金を保険医療機関等へ支払い、保険医療機関等は、その一部負担金を受領することが、法令で義務づけられています。

「健保使用一括払い」は、本当に違法なのか?

このような規定から、「一部負担金の窓口での支払いが、療養給付の要件」とする病院側の主張も分からないわけではありませんが、やはり疑問を感じます。

 

「健保使用一括払い」は、本当に一部負担金の規定に違反するのか、次の3つの点から、改めて考えてみます。3つの点とは、①一部負担金制度を採用した目的、②窓口払い原則の意味、③一部負担金の法律的性格です。

 

一部負担金制度を採用した目的から考えると…

そもそも、健康保険診療に一部負担金制度を採用したのは、濫受診を防止し、低廉な保険料で保険経済を維持することが目的とされています。
(参考:厚生省保険局国民健康保険課『改訂 詳解国民健康保険』昭和47年発行 740ページ)

 

ならば、一部負担金を支払うのが、被保険者(被害者)でも損保会社でも、支障はないはずです。

 

窓口払いが原則の意味から考えると…

「窓口払い」というのは、「診療の都度、保険医療機関の窓口で支払うこと」と一般に理解されていますが、そもそもは「保険医療機関に支払う」という意味です。

 

これについては、国民健康保険の一部負担金制度の沿革を見ると明らかです。

 

国民健康保険の一部負担金は、もともと「窓口払い」と「保険者徴収」の二本立てでした。この二本立てを廃し、療養の給付を受ける際は、原則として保険医療機関(当時は「療養取扱機関」と呼んでいました)に支払わなければならないものとし、窓口払いの原則が確立されたのです(参考:『改訂 詳解国民健康保険』743ページ)

 

実際、一部負担金を窓口で支払わなければ、療養の給付を受けられないわけではありません。例示が適切でないかもしれませんが、例えば、急な検査を行ったため持ち合わせがない場合や、救急診療のため保険証や所持金がない場合など、後日支払うケースも現実にあります。

 

また、医療機関では、「クレジットカード払い」や「キャッシュレス化」を進めています。こういう場合は、後日まとめて決済されるのですから、損保による一括払いとしても何ら問題ないはずです。

 

一部負担金の法律的性格から考えると…

一部負担金の法律的性格について、窓口払いにおける関係は、保険医療機関等と被保険者との間の債権債務関係というのが、厚生労働省の解釈です。

 

厚生省保険局国民健康保険課編集『改訂 詳解国民健康保険』(昭和47年発行)には、次のように書かれています。

 

一部負担金は、本来は保険者と被保険者との関係における公法上の債権債務関係と考えられるが、窓口払いにおける関係は、法第42条第1項の規定に基づいて、法律上の原因による療養取扱機関の開設者と被保険者との間の債権債務関係と解すべきである。

(厚生省保険局国民健康保険課『改訂 詳解国民健康保険』昭和47年発行 757ページ)

 

平成6年ぐらいまで、国民健康保険法では「療養取扱機関」と言っていましたが、今は「保険医療機関」と統一されています。

 

一部負担金の法律的性格についての厚生労働省の解釈は、今も変わっていません。

 

平成20年7月10日に厚生労働省保険局が取りまとめた「医療機関の未収金問題に関する検討会報告書」にも、同様の記載があります。

 

厚生労働省の解釈は、窓口払いにおける関係は、国保法第42条第1項の規定に基づいて、法律上の原因による保険医療機関等と被保険者との間の債権債務関係と解すべきであり、…

(厚生労働省保険局「医療機関の未収金問題に関する検討会報告書」平成20年7月10日 2ページ)

 

保険診療契約については、後記のような諸学説があるが、厚生労働省からは、どの説に立っても、健保法及び国保法に基づき、被保険者は保険診療にかかる一部負担金を保険医療機関等に支払うこととされていること、保険医療機関及び保険医療養担当規則等に基づき、保険医療機関等は一部負担金の支払いを受けることとされていること、被保険者の債務は保険医療機関等の債権に対応するものであることなどから、窓口における関係が保険医療機関等と被保険者との間の債権債務関係ということは現行法上明確であり、保険者が未払い一部負担金を立替払いする必要はないとの解釈が示された。

(厚生労働省保険局「医療機関の未収金問題に関する検討会報告書」平成20年7月10日 3ページ)

 

保険診療契約の解釈については、厚生労働省は3つに分類・整理しています。3つの学説については後でご紹介しますが、「どの説に立っても、窓口における関係が保険医療機関等と被保険者との間の債権債務関係ということは現行法上明確」とされています。

 

図を使って説明しましょう。

 

保険診療の基本構造

保険診療の基本構造を図で示すと、次のようになります。

 

保険診療基本構造

※厚生労働省保険局「第2回医療機関の未収金問題に関する検討会」(平成19年8月3日)に提出された「資料2・保険診療契約について」5~6ページを参考に作成

 

この図を参考に、保険者と保険医療機関等との関係、保険医療機関等と被保険者との関係について、見ていきましょう。

 

保険者と保険医療機関等との法律関係

保険者と保険医療機関等との法律関係については、公法上の契約と解されています。

 

保険医療機関等が、一定の療養の給付の担当方針等に従い、被保険者に対して療養の給付を行えば、その対価として診療報酬を請求し、保険者から支払いを受ける、という双務契約です。

 

ただし、保険医療機関等が保険者に請求できる診療報酬の額は、「療養の給付に要する費用の額から、一部負担金に相当する額を控除した額とする」と、法律で定められています(健康保険法76条1項、国民健康保険法45条1項)

 

したがって、一部負担金については、保険医療機関等が、自己の責任において、被保険者から支払いを受けることになります。

 

保険医療機関等と被保険者との法律関係

窓口払いにおける保険医療機関等と被保険者との間の法律関係は、私法上の債権債務関係と解されています。

 

被保険者が、自分で保険医療機関等を選定し、保険医療機関等と被保険者とが、保険診療契約の当事者として、直接、診療契約が締結されます。

 

療養取扱機関と被保険者との間の私法上の債権債務関係として、債権の全部または一部の放棄、変更等の意思表示は当然許されるが、この場合、国民健康保険法上の保障はもちろん与えられない。もっとも市町村の直営診療施設である療養取扱機関の場合は、地方自治法上債権管理の制約がある。

(厚生省保険局国民健康保険課『改訂 詳解国民健康保険』昭和47年発行 768ページ)

 

つまり、診療契約は、保険医療機関等と被保険者との私法上の契約ですから、一部負担金の支払い方法について、診療契約の当事者である保険医療機関と被保険者との間で自由に決めることができるということです。

 

もっとも、保険者が支払う診療報酬の額は、療養の給付に要する費用の額から一部負担金に相当する額を控除した額ですから、一部負担金の徴収は、保険医療機関等の自己責任というわけです。

 

したがって、自由診療なら一括払いができるのに、健康保険診療の場合には一括払いができない、というのは成り立たないのではないでしょうか。

 

なお、一部負担金の支払い方法を診療契約の当事者間で自由に決められるということは、保険医療機関等が一括払いに合意するかどうかは、保険医療機関等の自由な判断ということになります。

 

しかも、一括払いは損保会社がサービスで行うものです。健康保険や国民健康保険の使用は、被保険者が希望すれば病院側は拒否できませんが、一部負担金の一括払いは、法令により強制されるものでもありません。

 

一部負担金の支払いと受領を法律で義務づけているのは、健康保険や国民健康保険の運営上、一部負担金に重要な意義があるからです。療養の給付は全額現物給付が建前なのに、保険財政を維持するため一部負担金制度を採用しています。保険者が支給する療養の給付に関する費用の支払い方法として、その一部を被被験者が負担する公法上の義務を負うということです。

 

以上のことから、保険診療の際の一部負担金を任意保険会社による一括払いにすること(健保使用一括払い)は、健康保険法74条と国民健康保険法42条の一部負担金の規定に、必ずしも違反するものではないと考えられます。

保険診療契約についての3つの学説

さて、保険診療契約に関する3つの学説について、ご紹介しておきましょう。

 

保険診療契約の解釈について、厚生労働省は、保険診療契約の当事者をどう考えるかによって、3つの学説に分類・整理しています。

 

3つの学説については、厚生労働省の「第2回 医療機関の未収金問題に関する検討会」(平成19年8月3日)の資料と議事録、「医療機関の未収金問題に関する検討会報告書」(平成20年7月10日)を参考にしています。

 

被保険者・保険医療機関当事者説

被保険者と保険医療機関が保険診療契約の当事者であり、被保険者と保険医療機関との間で直接、診療契約が締結されるという説です。この契約は準委任契約と解されます。これが通説です。

 

準委任契約とは、法律行為でない事務を委託する契約です(民法656条)

 

被保険者と保険医療機関との間に直接の診療契約が締結されることは、保険医療機関と保険者、被保険者と保険者、それぞれの間に公法上の法律関係が存在することと矛盾しないと考えられます。

 

このように解釈できる理由として、

  • 被保険者は、自分の意思で自由に保険医療機関を選べる
  • 被保険者は、一部負担金を保険医療機関に直接支払う義務がある
  • 保険診療内容には一定の基準があるものの、個々の診療内容は、医師の判断と被保険者の意思によって決まる

などが挙げられます。

 

保険者・保険医療機関当事者説

保険者と保険医療機関が保険診療契約の当事者であり、医療行為と診療報酬に関する契約は、保険者と保険医療機関との間で成立し、患者たる被保険者の意思表示によって治療が行われることから、第三者のためにする契約であるという説です。

 

第三者のためにする契約とは、契約の当事者でない第三者(患者たる被保険者)が、他人間(保険者と保険医療機関)の契約から利益を受ける関係にあります(民法537条~539条)

 

患者が被保険者証を提示し、受益の意思表示をすることによって、その保険者と保険医療機関で定められた契約内容に従って給付が受けられる、という考え方です。

 

保険医療機関と保険者との法律関係を第三者のためにする契約と解しても、患者と保険医療機関との間に私法上の契約が存在することは矛盾するものではなく、保険者と保険医療機関との間の一般的・基本的な第三者のためにする契約と、個々の患者と保険医療機関との個別的契約は両立し得ると考えられます。

 

保険医療機関は、療養担当規則に従って療養を担当しなければならないことや、厚生労働大臣または都道府県知事の指導・監督を受けることなど、公法上の諸義務がかかることを説明しやすいことから、このように解釈されます。

 

保険者・被保険者当事者説

保険者と被保険者が保険診療契約の当事者とする説です。保険者が現物給付として患者に療養の給付を提供するのに際し、保険医療機関は、保険者の被用者・履行補助者の立場に立という考え方です。

 

医療保険制度の下では、現物給付が原則的な形態であって、療養担当規則による診療内容の制限、診療内容に対する指導・監督、支払金額の制限などの制約を保険者から受けるというようなことが説明をしやすいことから、このように解釈されています。

まとめ

交通事故で健康保険や国民健康保険を使用する場合、一部負担金の保険会社による一括払い(健保使用一括払い)は、病院側が拒否することがあります。健康保険法74条や国民健康保険法42条の一部負担金の規定により違法となる、というのが病院側の主張です。

 

この主張には疑問がありますが、いずれにしても、「健保使用一括払い」とするには病院側の合意がいります。

 

病院側の合意が得られない場合は、被害者自身が診療の都度、病院の窓口で一部負担金を支払い、あとで保険会社に請求することになります。

 

一部負担金の支払いが経済的に負担となる場合は、加害者側の自賠責保険に仮渡金請求直接請求をする方法があります。

 

一部負担金の支払いが負担になるようなら、いくつか解決方法はありますから、詳しい弁護士に相談してみるとよいでしょう。

 

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【参考文献】
・『Q&Aハンドブック交通事故診療 全訂新版』創耕舎 90ページ、142~145ページ
・『交通事故における医療費・施術費問題 第3版』保険毎日新聞社 88~91ページ
・厚生省保険局国民健康保険課『改訂 詳解国民健康保険』昭和47年発行 738~781ページ
・厚生労働省保険局「医療機関の未収金問題に関する検討会」資料・議事録・報告書(平成19年6月1日~平成20年7月10日)

公開日 2022-04-17 更新日 2023/03/16 11:45:59