交通事故の被害者本人が損害賠償請求できないとき

交通事故に遭った夫が、植物状態(遷延性意識障害)です。

 

こんなときは、誰が損害賠償請求をすることになるのでしょうか。成年後見人の選任が必要なのでしょうか。

 

被害者に物事を判断する能力(意思能力)がない場合は、家庭裁判所が選任した成年後見人が、法定代理人として法律行為を行います。

 

植物状態の被害者は、自分で損害賠償を請求し、交渉することができませんから、被害者の権利を守るためには、成年後見人の選任が必要です。

 

成年後見人を選任するには、被害者の配偶者や4親等内の親族などから、家庭裁判所に成年後見開始の審判の申立てをします。家庭裁判所は、医学的な鑑定を実施した上で、成年後見開始の審判をし、成年後見人を選任します。

 

家庭裁判所による成年後見開始の審判を経ずに、被害者の親族が加害者側と交渉することもありますが、それは、加害者側が応じる場合に限られます。

 

当然ですが、調停や訴訟など法的手続きに持ち込む場合は、その前に後見開始の審判を家庭裁判所に申立てる必要があります。

 

なお、後見開始の審判の申立て費用や後見人への報酬は、事故との相当因果関係が認められ、加害者側に損害賠償請求できます。

 

被害者が重傷で損害賠償請求できる状態でないとき
  1. 被害者が意識不明などの場合は、成年後見人が法定代理人として損害賠償請求します。
  2. 後見開始の審判の申立て費用は、加害者側に損害賠償請求できます。

 

弁護士法人・響

詳しい解説

被害者が植物状態のときは、成年後見人が法定代理人となる

遷延性意識障害(いわゆる植物状態)になった被害者には、判断能力がありません。こういう場合は、成年後見制度を利用することで、被った損害を賠償請求する権利を行使することができます。

 

そもそも成年後見制度は、認知症・知的障害・精神障害などによって判断能力が十分でない人を法律的に支援する制度です。植物状態になった人は、重度の精神障害の人と同じく物事を判断する能力を欠きます。

 

「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」については、家庭裁判所は、配偶者や4親等内の親族などの請求によって、後見開始の審判をすることができます(民法7条)

 

被害者が未成年の場合は、親権者が法定代理人となりますが、被害者が成年の場合は、後見人が必要かどうかを裁判所が判断します。

 

その際、家庭裁判所は、成年被後見人となるべき者(被害者)の精神の状況について鑑定し(家事事件手続法119条1項)、判断能力がないと認めれば、成年後見開始を決定し、後見人を選任します(民法8条、838条2号、843条1項)

 

選任された後見人が、被害者の法定代理人として、損害賠償請求や示談交渉など法律行為を行います。

 

申立てから審判までの審理期間

後見開始審判の申立てから審判までの審理期間は、約8割が申立てから2ヵ月以内に審判に至り、3ヵ月以内には9割が審判に至っています。

 

最高裁の公表資料によると、申立てから審判までの審理期間は、1ヵ月以内が47%、1ヵ月超2ヵ月以内が32%、2ヵ月超3ヵ月以内が11%です。

 

(最高裁事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況」平成29年より)

 

成年後見制度の利用に関連する法律条文

成年後見制度の利用に関連する法律条文をピックアップし、まとめておきます。

 

民法7条(後見開始の審判)

精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。

民法8条(成年被後見人及び成年後見人)

後見開始の審判を受けた者は、成年被後見人とし、これに成年後見人を付する。

民法838条(後見の開始)

後見は、次に掲げる場合に開始する。
一 (略)
二 後見開始の審判があったとき。

民法843条1項(成年後見人の選任)

家庭裁判所は、後見開始の審判をするときは、職権で、成年後見人を選任する。

家事事件手続法119条1項(精神の状況に関する鑑定及び意見の聴取)

家庭裁判所は、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければ、後見開始の審判をすることができない。ただし、明らかにその必要がないと認めるときは、この限りでない。

成年後見開始の審判の申立て費用は、加害者側に請求できる

成年後見開始の審判の申立ては、被害者の居住地を管轄する家庭裁判所に行います。申立て費用や成年後見人の報酬は、事故との相当因果関係が認められ、加害者側に損害賠償請求できます。

 

成年後見開始の審判の申立て費用

成年後見開始の審判の申立て費用は、印紙代800円と郵便切手代程度ですが、そのほか、鑑定費用が必要です。

 

成年後見開始の審判をする場合、鑑定を実施するのが原則ですが、例外的に「明らかにその必要がないと認めるとき」は、鑑定を省略できます(家事事件手続法119条1項)

 

ただし、最高裁の資料によると、実際に鑑定を実施しているのは全体のわずか8%に過ぎません。鑑定費用は全体の98%が10万円以下です。
(最高裁事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況」平成29年)

 

遷延性意識障害(植物状態)や重度の知的障害のほか、脳出血後遺症や脳梗塞後遺症などの客観所見が取りやすい疾患については、鑑定省略と判断されるようです。
(東京弁護士会「成年後見の実務」10ページ)

 

成年後見人の報酬

親族が成年後見人となった場合は必要ない場合もありますが、第三者の専門職(弁護士、司法書士、社会福祉士など)が成年後見人に選任された場合は、後見人報酬が必要です。

 

報酬額の基準は法令で決まっているわけでなく、裁判官が適正妥当な金額を算定します。

 

東京家庭裁判所と東京家庭裁判所立川支部が公表している「成年後見人等の報酬額のめやす」によれば、専門職成年後見人の標準的な報酬額は次の通りです。

 

成年後見人への報酬は、基本報酬と付加報酬に分かれます。

 

基本報酬

基本報酬は、成年後見人が通常の後見事務を行った場合の報酬で、目安は月2万円です。

 

ただし、管理財産額が高額な場合は、基本報酬も増額します。

 

  1. 管理財産額が1,000万円を超え5,000万円以下の場合は、月額3万~4万円
  2. 管理財産額が5,000万円を超える場合は、月額5万~6万円

 

付加報酬

付加報酬は、基本報酬に付加する報酬です。2つのケースがあります。

 

  1. 後見事務において、身上監護等に特別困難な事情があった場合には、基本報酬額の50%の範囲内で相当額の報酬を付加します。
  2. 成年後見人が、特別の行為をした場合には、相当額の報酬を付加します。特別の行為とは、例えば、訴訟、調停、訴訟外の示談、遺産分割協議、保険金請求、不動産の処分・管理などです。

まとめ

交通事故で被害者が植物状態(遷延性意識障害)になったような場合は、被害者本人が損害賠償請求できないので、成年後見人を選任する必要があります。

 

家庭裁判所への成年後見開始の審判の申立て費用や、成年後見人報酬は、事故との相当因果関係が認められ、加害者側へ損害賠償請求することができます。

 

交通事故の被害に遭ってお困りのときは、交通事故に詳しい弁護士に早めに相談することが大切です。

 

弁護士法人・響

 

参考文献

・東京弁護士会「成年後見の実務」LIBRA Vol.10 No.12 2010/12
・最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況」平成29年1月~12月
・東京家庭裁判所・東京家庭裁判所立川支部「成年後見人等の報酬額のめやす
・『交通事故の法律相談Q&A』法学書院 81~83ページ
・『交通賠償実務の最前線』ぎょうせい 100~103ページ

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