政府の自動車損害賠償保障事業と自賠責保険・自賠責共済との違い

政府の自動車損害賠償保障事業と自賠責保険・自賠責共済との違い

政府の自動車損害賠償保障事業(政府保障事業)は、自賠責保険・自賠責共済と支払限度額は同じですが、一部異なる運用がされています。

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政府保障事業によって被害者に支払われる限度額は、自賠責保険(自賠責共済を含む)と同じですが、政府保障事業は、自賠責保険制度を補完し、各種の保険制度によっても救済しきれない被害者を最終的に救済する措置であるため、自賠責保険と一部運用が異なる部分があります。

 

ここでは、政府保障事業と自賠責保険制度の違いについて、見ていきましょう。

 

政府保障事業の基本的な保障内容は自賠責保険と同じ

政府保障事業の損害の填補限度額や、被害者に過失がある場合の減額の仕方(重過失減額)については、自賠責保険の保険金の支払基準と同じです。

 

損害の填補の限度額

政府保障事業の填補限度額は、自賠責保険の支払限度額と同じです。

 

限度額
死亡 1人につき 3,000万円
傷害 1人につき 120万円
後遺障害 等級に応じ 75万円~4,000万円

 

政府保障事業の損害の填補の限度額について、自賠法施行令20条で次のように定めています。

 

自賠法施行令20条(自動車損害賠償保障事業が行う損害のてん補の限度額)
  1. 法第72条第1項の政令で定める金額は、死亡した者又は傷害を受けた者一人につき、それぞれ第2条に定める金額とする。
  2. 第3条の2の規定は、法第72条第1項の規定により政府が行なう損害のてん補について準用する。

 

条文中の自賠法第72条第1項は、政府保障事業の業務について定めた条項です。「政令で定める金額」の限度において損害を填補する旨を規定しています。この「政令で定める金額」について、施行令20条1項は、被害者1人につき「第2条に定める金額とする」と定めています。施行令2条は、自賠責保険の保険金額を定めた条項ですから、政府保障事業の填補限度額は、自賠責保険の保険金額と同一となります。

 

さらに、政府保障事業の填補限度額は、被害者1名単位で定められていること(1事故あたりの限度額は設定されていないこと)も、自賠責保険と同じです。

 

また、施行令20条2項は、同第3条の2(休業損害日額の限度額を1日あたり1万9千円とする)を保障事業でも準用すると定めていますから、休業損害に関する填補額も、自賠責保険と同一ということになります。

 

被害者に過失がある場合の減額

被害者に過失がある場合、損害賠償金は、過失相殺率・過失割合に応じて過失相殺されますが、自賠責保険では、被害者を保護・救済するため、被害者に重大な過失がある場合のみ一定割合で減額する仕組みになっています。政府保障事業も、現在は自賠責保険と同じです。

 

政府保障事業は、2007年(平成19年)3月31日までは一般の損害賠償と同じ過失相殺基準が適用されていましたが、被害者救済を重視した法改正により、「自動車損害賠償保障事業が行う損害のてん補の基準」を告示として制定し、2007年4月1日以降に発生した事故については、自賠責保険と同様の「重過失減額」が採用されました。

 

(国土交通省のWebサイトにリンクしています)

 

政府保障事業に対する請求権の消滅時効

政府保障事業に対する被害者の填補請求権は、自賠責保険の被害者請求権(直接請求権)と同じく、3年で時効により消滅します(自賠法75条)。時効の起算日についても同様に、傷害に関する損害は事故日から、後遺障害に関する損害は症状固定日から、死亡に関する損害は死亡日から進行する、と運用されています。

 

ただし、政府保障事業に対する請求権は、時効の更新はできません。また、加害車両の保有者と疑われる者がいて、自賠法3条による損害賠償請求権の存否が争われている場合には、その損害賠償請求権が存在しないことが確定した時から、時効が進行するとされています。

 

さらに詳しくは、政府保障事業に対する請求手続と消滅時効をご覧ください。

政府保障事業と自賠責保険の相違点

政府保障事業が自賠責保険と異なるのは、次の点です。

 

  • 被害者しか請求できず、加害者請求はできません。
  • 健康保険や労災保険など他の法令による給付を受けられる額については、支払われません。
  • 加害者と被害者が同一生計の親族間事故は、原則として支払われません。
  • 複数の加害車両が関わる事故の場合、保障されるのは1台分です。
  • 自賠責保険の仮渡金に相当する制度はありません。

 

被害者しか請求できない

自賠責保険は、加害者による保険金の請求被害者による損害賠償額の請求もできますが、政府保障事業は、被害者による損害の填補の請求しかできません。

 

そもそも政府保障事業は、加害者不明や無保険などの理由で、加害者側から損害賠償を受けられない場合に、被害者の損害を填補し救済する制度だからです。

 

他の法令により受けられる給付額は支払わない

政府保障事業は、自賠責保険その他の方法によって救済されない被害者に、最終的救済措置として必要最小限度の救済を保障する制度です。そのため、健康保険や労災保険など他の法令による給付を受けられるときは、その額は支払われません(自賠法第73条1項)

 

自賠法では、「他の法令による給付との調整等」について、次のように定めています。

 

自賠法第73条1項

被害者が、健康保険法、労働者災害補償保険法その他政令で定める法令に基づいて前条第1項の規定による損害のてん補に相当する給付を受けるべき場合には、政府は、その給付に相当する金額の限度において、同項の規定による損害のてん補をしない。

 

条文中の「前条第1項」とは、簡単にいうと「政府は、被害者の請求により、政令で定める金額の限度において、損害をてん補する」という規定です。

 

ここで、健康保険法や労災保険法などから「給付を受けるべき場合」となっていることに注意してください。「給付を受けた場合」ではなく「受けるべき場合」です。

 

政府保障事業は、他に救済の方法がない被害者に最低限の救済を確保しようとするものですから、被害者に健康保険や労災保険などの社会保険に対する給付の請求権がある場合には、必ずこれらの社会保険を使用することが前提となっているのです。

 

つまり政府保障事業は、まず健康保険や労災保険から給付を受けて、それでも損害を填補しきれない場合に、填補限度額の範囲内で損害の填補をする仕組みなのです。

 

国土交通省自動車局保障制度参事官室監修の『新版 逐条解説 自動車損害保障法』(ぎょうせい)では、「本項は、…まず社会保険による給付を受けるべきこと、他の給付を受けたときは保障金の支払いをしないことを定めたのである」(229ページ)と説明されています。

 

親族間事故については支払われない

自賠責保険は、加害者と被害者が同一生計の家族であっても保険金が支払われますが、政府保障事業では、同一生計の親族間事故については、原則として填補しない運用がされています。

 

政府が保障事業による損害の填補をしたとき、最終的に本来の賠償責任者に求償することになります(自賠法第76条1項)。同一生計の親族間事故の場合、同一生計の家族に対し、損害を填補して、後から求償することになり、実質的に意味がないからです。

 

ただし例外として、加害者(損害賠償責任者)が死亡し、法定相続人である被害者(請求権者)が相続の放棄または限定承認をした場合は填補金が支払われます。

 

複数の加害車両が関わる事故

加害車両が複数の場合、自賠責保険では、それぞれの自動車の自賠責保険に損害賠償請求でき、支払限度額は合算した額となります。つまり、加害車両数に応じて限度額が増えます。

 

政府保障事業は、無保険車による事故の損害を填補しますが、無保険車が複数の場合、その台数分、填補限度額が増えるかというと、そうはなりません。

 

自賠責保険に加入している自動車と無保険車がある場合、自賠責保険に加入している自動車については、自賠責保険から車両数分を合算した額を限度額として賠償金を受けることができるだけで、無保険車に対する政府保障はありません。保障事業による填補は行われません。

 

加害車両のすべてが無保険車だった場合は、1台分だけ政府保障事業から填補されます。

 

つまり、複数の無保険車が関わる事故であっても、保障事業からの填補金の限度額は、無保険車 1台分です。これは、政府保障事業が、損害賠償でなく、被害者に必要最小限度の救済を保障する制度だからです。

 

仮渡金の制度はない

政府保障事業は、他の手段によって救済を受けることができない被害者に最小限の救済を確保する制度であり、被害者の損害を填補するものです。政府保障事業への請求は、被害者に損害賠償請求権が存在することが前提です。

 

そのため、加害者の損害賠償責任の有無を問わない仮渡金の制度はありません。

保障事業の填補額(保障金額)の算定方法

政府保障事業は、自賠責保険の支払基準と同様の「損害のてん補の基準」にもとづき算定されます。

 

この填補基準により算定された損害額(填補対象額)が、法定限度額(政令で定める填補限度額)を超えない場合は損害額から、超える場合は限度額から、他の法令による給付額と損害賠償責任者からの支払額を控除した額が、被害者に支払われることになります。

 

他の法令による給付との調整

被害者が、他の法令による給付を受けた場合は、その限度において、保障事業による損害の填補はされません。

 

他の法令による給付は「損害の填補に相当する給付」(自賠法第73条1項)であり、損害の填補を目的としない給付(出産手当金や退職共済年金など)は該当しません。

 

政府保障事業の填補より先に受けるべきとされている法令による給付は、自賠法73条1項と同施行令21条に限定列挙されています。

 

法73条
  • 健康保険法
  • 労働者災害補償保険法
令21条
  1. 船員保険法
  2. 労働基準法
  3. 船員法
  4. 四災害救助法
  5. 消防組織法
  6. 消防法
  7. 水防法
  8. 国家公務員災害補償法
  9. 警察官の職務に協力援助した者の災害給付に関する法律
  10. 海上保安官に協力援助した者等の災害給付に関する法律
  11. 公立学校の学校医、学校歯科医及び学校薬剤師の公務災害補償に関する法律
  12. 証人等の被害についての給付に関する法律
  13. 国家公務員共済組合法
  14. 国民健康保険法
  15. 災害対策基本法
  16. 地方公務員等共済組合法
  17. 河川法
  18. 地方公務員災害補償法
  19. 高齢者の医療の確保に関する法律
  20. 介護保険法
  21. 武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律

 

これらの法律で救済され得る場合は、まずその給付を受け、その給付では損害の全部を補填することができない場合には、保障事業に請求できます。

 

将来にわたって給付される他法令給付分

他の法令による給付額には、支給を受けることが確定したものだけでなく、将来にわたって給付される分も含みます。例えば、労災給付のうち年金部分については、すでに支給を受けた額と支給を受けることが確定した額だけでなく、確定していない将来給付分も控除されます。

 

最高裁第1小法廷判決(平成21年12月17日)

最高裁は、「被害者が他法令給付に当たる年金の受給権を有する場合、政府が填補すべき損害額は、支給を受けることが確定した年金の額を控除するのではなく、当該受給権に基づき被害者が支給を受けることになる将来の給付分も含めた年金の額を控除して、算定すべきである」とする判断を示しています。

 

ただし、この判決には、「労災保険法による障害年金給付の将来分を控除すべきでない」とする反対意見も付されています。

 

損害賠償との調整

被害者が、無保険車を運行させていた者等から、損害賠償を受けた場合は、本来の賠償責任者から損害賠償を受けたことになるので、その限度で保障事業から損害の填補は行われません。すなわち、その額が控除されます。

 

被害者が、損害賠償責任者から人身損害に関する支払いを受けたときは、名目が何であれ(例えば見舞金)、その限度で保障事業による損害の填補は受けられません。

 

ただし、政府保障事業は、人身損害についての填補ですから、物損について支払われた金額は、保障事業からの填補額に影響しません。損害賠償の支払いを受ける場合は、その趣旨を明確にしておくことが必要があります。

まとめ

政府保障事業により被害者に支払う損害の填補限度額は、自賠責保険の支払限度額と同じです。被害者に過失がある場合の減額も、自賠責保険と同様の重過失減額です。請求権の消滅時効も、自賠責保険と同じ3年です。

 

ただし、政府保障事業は、自賠責保険と異なる運用がされている点もあります。特に注意が必要なのは、次の点です。

  • 社会保険給付等を受けられる場合には、そちらを先に必ず受け、それでも損害が填補されない場合にのみ、政府保障事業に対し保障金の請求ができる。
  • 複数車両が関係する事故の場合、1台でも自賠責保険から損害の填補を受けられれば、政府保障事業に保障金の請求はできず、すべて無保険車だったとしても保障金を請求できるのは1台分のみ。
  • 親族間の事故の場合には、政府保障事業による損害の填補は行われない。

 

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【参考文献】
・『自賠責保険のすべて 13訂版』保険毎日新聞 社176~180ページ
・『新版 逐条解説 自動車損害賠償保障法』ぎょうせい 223~233ページ
・『逐条解説 自動車損害賠償保障法 第2版』弘文堂 228~237ページ
・『新版 交通事故の法律相談』学陽書房 322~324ページ
・『交通事故損害賠償保障法 第3版』弘文堂 400~402ページ
・『新版 交通事故の法律相談』青林書院 359~365ページ
・『交通事故事件の実務―裁判官の視点―』新日本法規 139~140ページ、152~154ページ、162~163ページ

公開日 2017-01-20 更新日 2023/03/31 10:05:11