人身傷害保険(人身傷害補償保険)のメリット・デメリット

人身傷害保険(人身傷害補償保険ともいいます)は、自動車事故により被保険者が被った人的な損害を補償する実損填補型保険です。

 

人身傷害保険に加入していれば、加害者の賠償責任の有無や過失割合にかかわらず、約款所定の基準(人傷基準)で算定した保険金の支払いを受けることができます。

 

人身傷害保険のメリット・デメリット、人身傷害保険金を請求するときの注意点をまとめておきます。

 

「人身傷害保険」と「人身傷害補償保険」の違いは、単に名称の違いだけです。以前は人身傷害補償保険との名称が多かったのですが、今は人身傷害保険が多いようです。

 

人身傷害保険のメリット

人身傷害保険は、被害者にとって2つの大きなメリットがあります。

 

  • 被害者に過失があっても、過失相殺せず保険金が支払われる。
  • 加害者との示談交渉が不要で、迅速な保険金の支払いが可能。

 

被害者に過失があっても、過失相殺せず保険金が支払われる

人身傷害保険の最大のメリットは、被害者に過失があっても、過失相殺せず損害を補償してくれることです。

 

過失相殺とは、被害者にも過失がある場合は、被害者の過失割合に相当する額を損害賠償額から減額することです。総損害額に対して過失相殺しますから、被害者の過失が大きいと、損害賠償額が大幅に減ってしまいます。

 

例えば、損害額が5,000万円、過失割合が50:50だとすると、被害者が受け取れる損害賠償額は、損害額5,000万円から50%過失相殺して2,500万円となります。

 

それに対して、人身傷害保険金を請求すれば、被害者の過失部分を含めた全損害に対して保険金が支払われます。

 

加害者との示談交渉が不要で、迅速な保険金の支払いが可能

人身傷害保険のもう1つのメリットは、損害賠償金額について加害者側との交渉が不要なので、迅速に保険金の支払いを受けられることです。

 

人身傷害保険は、約款所定の損害額算定基準(人傷基準といいます)にもとづき積算した損害額を補償する保険です。そのため、加害者の過失の有無・割合に関係なく、被保険者(被害者)の被った損害が確定したら、保険金が支払われるのです。

 

人身傷害保険は、保険金の支払いに加害者との交渉は必要ありませんから、示談成立前でも保険金を受け取ることができます。

 

特に示談交渉が難航しそうな場合は、人身傷害保険金を先に受け取っておくと、じっくりと示談交渉を進めることができます。

人身傷害保険のデメリット

人身傷害保険は、人傷基準で損害額を算定するため、加害者の賠償責任の有無や被害者の過失割合に関係なく保険金が支払われますが、実は、この人傷基準で損害額を算定することがデメリットにもなります。

 

人身傷害保険金の額は、裁判基準で算定した損害賠償額よりも低額

そもそも人傷基準は裁判基準よりも低いため、人傷基準損害額(人傷基準で算定した損害額)は、裁判基準損害額(裁判基準で算定した損害額)よりも低額になります。

 

人傷基準損害額にもとづいて保険金が支払われますから、人傷保険金の額は、裁判基準で算定した損害賠償額(過失相殺前の額)よりも低額になります。これが、人身傷害保険のデメリットです。

 

人傷基準と裁判基準は、どれくらい差があるか

例えば、慰謝料(精神的損害)の算定基準を比べてみましょう。裁判基準は赤い本基準、人傷基準は東京海上日動社の約款(2017年4月時点)を参考にしています。

 

一家の支柱である被害者が死亡した場合の慰謝料は、裁判基準では2,800万円、人傷基準では2,000万円です。

 

後遺障害慰謝料も同様で、後遺障害等級14級の慰謝料は、裁判基準では110万円、人傷基準では40万円です。

 

逸失利益は、人傷基準で算定した方が高額になる場合がある

逆に、逸失利益については、人傷基準の方が高くなる場合があります。

 

裁判基準では、原則として事故前の現実収入を基礎収入として算定しますが、人傷基準では、現実収入または年齢別平均給与額のいずれか高い方を基礎収入とします。

 

そのため、収入が低い被害者の場合、逸失利益を人傷基準で算出した方が高額になることがあり得るのです。

 

被害者の過失が大きいときは、人傷保険金が損害賠償額より高額に!

人傷基準損害額は裁判基準損害額よりも低額ですが、被害者の過失割合が大きいときは、人身傷害保険金が、実際に被害者が受け取る損害賠償額(過失相殺後の額)より高額になる場合があります。

 

例えば、裁判基準損害額が1億円、人傷基準損害額が8,000万円だったとします。

 

被害者の過失割合が30%だったとすると、過失相殺により、損害賠償額は7,000万円です。人傷保険金は8,000万円支払われますから、人傷保険金の方が損害賠償額より高額になります。

 

被害者の過失割合が70%だったとすると、70%過失相殺され、1億円の損害に対して賠償請求できるのは3,000万円です。それに対して、人傷保険金は、同じ8,000万円を受領できます。

 

このように、被害者の過失割合が大きいときは、人身傷害保険金の額と過失相殺後の損害賠償額を比べると、人身傷害保険金の方が高額になることがあるのです。

 

人身傷害保険金は、支払基準を超える保険金は支払われない

人身傷害保険は、損害ごとに支払基準が決まっています。それを積算して支払う保険金額を算定します。当たり前のことですが、支払基準を超えて保険金が支払われることはありません。しかも、この支払基準が、裁判基準よりも低いのです。

 

裁判基準は、だいたいの基準額が決まっていますが、あくまでも目安です。基準があっても、例えば、加害者が悪質な場合などは、慰謝料を増額交渉できます。

 

人身傷害保険は、実損填補型保険ですが、定額保険ではないということで、厳密には実損填補ではありません。どんなに損害が大きくても、基準以上は支払われません。

 

人身傷害保険で支払われる保険金が、民事上認められるべき損害額より低額に抑えられていることについて、「高額化してきた対人賠償保険金の支払いに代えて、人身傷害保険の支払基準にもとづく、より低額な保険金の支払いで解決できる状況を実現したいという保険会社側の意図が背景にあるのではないか」という指摘があります。

 

(参考:東京弁護士会法友全期会・交通事故実務研究会『改定版 交通事故実務マニュアル』ぎょうせい 48~49ページ)

損害賠償請求と人傷保険金請求を両方行うと損害が100%補償

先の人身傷害保険のメリット・デメリットで見たように、人身傷害保険は、被害者の過失部分も含めて保険金が支払われる一方で、人傷基準で算定した保険金の額は、裁判基準損害額より低額です。

 

こうした人身傷害保険のメリット・デメリットをふまえ、損害賠償請求と人身傷害保険金請求とを併せて行うと、それぞれのデメリットがカバーされ、損害を100%填補することができます。

 

どちらを先に行ってもかまいません。人身傷害保険を受け取った上で損害賠償請求することも、逆に損害賠償金を受け取った上で過失相殺された額を人身傷害保険に請求することも可能です。

 

ただし、損害が二重に填補されないように調整されます。

 

人身傷害保険金を受領した後で損害賠償請求するときは、保険会社は支払った保険金の範囲で被害者の損害賠償請求権を代位しますから、保険会社が代位する額を、損害賠償請求額から控除しなければなりません。

 

逆に、損害賠償金を受領した後で人身傷害保険金を請求するときは、受領した賠償額を控除して人身傷害保険金が支払われます。

 

なお、どちらを先行するかによって、トータルで受領できる金額に差が生じることがありますから、注意が必要です。

 

訴訟を提起して判決や裁判上の和解で損害額が確定した場合は、どちらを先行しても受領する金額は変わらない仕組みになっていますが、裁判手続きによらない示談や和解により損害額が決まる場合は、どちらを先行するかで受領できる金額に差が生じることがあります。

人身傷害保険金が支払われる事故・支払われない事故

人身傷害保険の保険金支払いの要件、支払い対象(保険金請求権者)、保険金の算定方法について、見てみましょう。

 

東京海上日動社の約款(2017年4月時点)を参考にしています。

 

人身傷害保険金が支払われる事故とは?

人身傷害保険金が支払われるのは、約款に規定する人身傷害事故が生じ、被保険者またはその父母・配偶者・子に損害が生じた場合(保険約款第1条1項)です。

 

加害者の損害賠償責任の有無は関係ないので、自損事故や無保険車との事故でも補償されます。

 

保険金の支払い対象となる人身傷害事故とは?

保険金を支払う人身傷害事故について、保険約款(第1条2項)で次のように定義しています。

 

人身傷害事故とは、日本国内において、次のいずれかに該当する急激かつ偶然な外来の事故により、被保険者が身体に傷害を被ることをいいます。

  1. 自動車(原動機付自転車を含む)の運行に起因する事故。
  2. 契約した自動車(被保険自動車)の運行中の、飛来中または落下中の他物との衝突、火災または爆発、契約車両の落下。

 

「1」では、「自動車の運行に起因する事故」と規定し、被保険自動車とは限定していません。この「自動車」には、被保険自動車だけでなく他の自動車も含みます。

 

つまり、被保険自動車や他の自動車に搭乗中はもちろん、歩行中に車やバイクにはねられたなど車外での自動車事故も、保険事故となります。

 

なお、他の自動車に搭乗中の自動車事故については、二輪自動車、原動機付自転車などに搭乗中の場合は含まれないなど、制限があります。

 

「2」で規定する事故は、自動車の運行自体から生じたものでなく、「1」の運行起因性が否定される可能性があるため、対象を被保険自動車に限定しつつも保険事故の対象を拡大したものです。

 

被保険者だけでなく、その父母・配偶者・子に生じた損害も対象

人身傷害保険は、被保険者本人に生じた損害の他に、被保険者の近親者である父母・配偶者・子に生じた損害も、保険金の支払い対象となります。

 

人身傷害保険の被保険者は、次のいずれかに該当する者です。

 

人身傷害保険の被保険者
  1. 保険証券記載の被保険者(記名被保険者)
  2. 記名被保険者の配偶者(内縁を含む)
  3. 記名被保険者またはその配偶者の同居の親族
  4. 記名被保険者またはその配偶者の別居の未婚の子
  5. 上記以外で被保険自動車の搭乗者

 

被保険者の父母・配偶者・子が被った損害とは、具体的には、被保険者の近親者の固有の精神的損害を指します。

 

近親者に生じた損害というと、治療費を近親者が負担した場合などを思い浮かべるかもしれませんが、そういった損害は、運用上、被保険者本人の損害となります。

 

被害者が死亡した場合、民法711条により、被害者の父母・配偶者・子は、固有の権利として、加害者に対して精神的な損害の補償を請求することが可能です。被害者に重度の後遺障害が残った場合も同様です。

 

近親者に固有の慰謝料請求権について詳しくはこちらをご覧ください。

 

人身傷害保険金が支払われない事故とは?

次のような場合は、免責事由に該当し、人身傷害保険金は支払われません。

 

  1. 被保険者の故意または重大な過失によって、その本人に生じた損害
  2. 被保険者の無免許運転、酒気帯び運転、麻薬等の影響を受けた運転によって、その本人に生じた損害
  3. 地震、噴火、これらによる津波によって生じた損害
  4. 戦争、核燃料物質、放射能汚染等によって生じた損害
  5. 被保険自動車を競技、曲技または試験のために使用すること

 

人身傷害条項の規定は、被保険者ごとに個別に適用されます(約款第2条3項)。例えば、被保険自動車を無免許で運転中に相手自動車に追突された事故の場合、無免許運転した運転者本人の損害は免責になりますが、運転者以外の被保険者の損害については有責です。

 

なお、人身傷害保険金を請求するときは、事故と被保険者が被った傷害との間に相当因果関係があることを主張・立証すれば足り最高裁判決・平成19年10月19日、約款に規定した免責事由の主張・立証責任は保険会社が負います。

 

【関連】⇒ 任意保険の免責事由

 

人身傷害保険金の算定方法

人身傷害保険は、人傷基準にもとづき算出された損害額が、被保険者に過失があっても減額されることなく保険金として支払われます。ただし、契約した保険金額(限度額)の範囲です。

 

例えば、人傷基準により算定される総損害額が8,000万円だったとすると、契約している保険金額が5,000万円の場合は、5,000万円の保険金が支払われ、保険金額を1億円で契約していた場合は、8,000万円が支払われます。

 

なお、保険約款には支払限度額に関する特則があり、被害者に重度の後遺障害が残った場合は、限度額が保険証券記載の保険金額の2倍になります。

まとめ

人身傷害保険は、加害者の過失の有無や割合に関係なく、契約した保険金額を限度に、約款所定の損害算定基準(人傷基準)で積算して支払われる保険です。

 

人身傷害保険は、被害者に過失があっても過失相殺されることなく全損害に対して保険金が支払われることが最大のメリットです。ただし、人傷基準は裁判基準より低いため、保険金の額は、裁判基準損害額よりも低額になるのが通例です。この点が、人身傷害保険のデメリットです。

 

被害者の過失が大きいときは、過失相殺により損害賠償額は大幅に減額されます。そんなとき、人身傷害保険金を併せて請求すれば、全損害が補償されます。

 

ここで紹介しているのは一般的な内容です。保険会社や個々の保険によって異なることがありますから、必ず、ご自身の保険契約・保険約款をご確認ください。

 

お困りのことがあったら、交通事故の損害賠償問題に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。

 

弁護士法人・響

 

参考文献

・『自動車保険の解説2017』保険毎日新聞社 364~421ページ
・『改訂版 交通事故実務マニュアル』ぎょうせい 45~49ページ
・『新版 交通事故の法律相談』学陽書房 329~331ページ
・『Q&A 新・自動車保険相談』ぎょうせい 357~369ページ
・『Q&Aハンドブック交通事故診療 全訂新版』創耕舎 48~51ページ

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